いつも大勢で、勿論イーノーも含めて食事を取っていた場所は妙に静かだった。嵐が好きた後のようにチルチルは感じた。実際吹き荒れていた風はおさまった。しかし七人いるだけでも少ないと、チルチルは思う。
 プリクソスは話し始めた。


「肝心なことを最初に言ってしまおう。チルチル、お前はこの屋敷――メーテルリンク家の娘なのだよ」
「へ?」


 音は七人の中に籠らずに部屋にぽんと響いた。これまでこの部屋で出された声の中でも一番間抜けな声に違いない。
「わたしは捨てられていたんじゃなかったの? じゃあ、わたしのお父さんとお母さんは?」
 急かすチルチルを老人は優しくなだめて、ゆっくり、含むように語る。
 彼、プリクソス・コルキスはメーテルリンクに長く仕え、アルゴ村の村長に並ぶ身分でもあった。チルチルが赤子だった時分はこの屋敷で働いていたという。
「どこからか流れてきた山賊が、ここを襲った。その中に、イーノーもいたんじゃ。
 チルチルは奥方様がわしに預けたからこうして、今も元気じゃが……」
「お母さんとお父さんは、襲われて死んでしまったのね」
 チルチルはひょっとしたら生きているかもしれないという淡い期待を、自ら問いかけることでかき消した。それは悲しかったが、目はまっすぐ老人に向けられている。彼は苦々しく頷いた。
「私も、少し覚えてる」
「ネフェレもいたの? その時」
「あんたのことは生まれた時から知ってるわよ。内緒にしてたけどね」
 頬をらしくなく赤らめた後、
「――イーノーが死んだことは、あんたにとってはやっぱり複雑なことなのね」
と小さく言って、彼女は席を立った。声は小さくて部屋は大きくても、一同の耳に確かに届いた。
 イーノーがチルチルの母を直接殺めたかは知らないが、一つの仇討の構図としても取れた。仇討――スピカも、花火も、その為に生き延びてきた。しかし、チルチルはそうではない。
 プリクソスが赤子のチルチルと少女のネフェレを伴いアルゴ村に戻り、メーテルリンク家はなす術なく乗っ取られた。そしてチルチルは、三歳になるまで生家に戻ることは無かった。
「幼いお前には辛い話じゃった。だから捨てられたと嘘をついた。すまんの」
「いいよおじーちゃん」
 チルチルは天井を仰いだ。高価そうなシャンデリア、テーブルの上のきらめく燭台、暖かな質感の壁、空気。何事もなければ、何の疑問もなく受け入れてきたであろう世界は今でもチルチルを呼んでいるようだった。彼女の目にそれらはキラキラ光って見える。
「チルチルはこの家の正式な世継ぎじゃよ。ここで、のびのびと成長していって欲しい。お前さんの成長を願って旦那様も奥方様も亡くなられた。チルチルよ」
「おじいちゃん。チルチルにまかせてあげて」
 ネフェレがお茶を用意したのか、戻ってきた。
「ニコ君たちのこともあるけど――もう、チルはそんなに子供じゃないから」
 チルチルは目を丸くしてお茶を並べる姉を見た。一番チルチルを子供扱いして守ってきたのはネフェレだというのに。チルチルはぼうっとして、差し出された香り立つお茶の水面を見つめた。
 湯気の向こうに見えるのは、ニコの顔。何も考えない真っ白な世界と暖かさにチルチルは包まれる。
「ネフェレ。おじーちゃん」
 もうとっくに決めていたことを口に出して、チルチルは決心を確かめた。


「わたし、ニコくんたちと一緒に行く」


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