全ての青年が元に戻り、皆村長のもとに引き上げていく。ニコはよかったと息をついた。
 珠を持っている左手は汗ばみ、右手も左手も沢山の人を殴ったせいでひりひりと痛かった。そしてニコは屋敷をちらりと見る。お縄になった船虫――イーノーは未だ出てこない。逃げ出したのだろうか。そしてチルチルはどこにいるのだろうか。屋敷の中か。
 中から誰かが出てくる。女性であった。眉は八の字に曲がり、顔面は蒼白で、きょろきょろと大きく顔を動かして何かを探しているようだった。口は少し緩んでおり、しかし息も出来ない程に、何かに緊張しているようにも見えた。
「あの、ここは危ないです」
 言いながらニコは彼女の目の前に行く。
「え、ええ。わかっているわ――」
 女性は頭を抱えた。
「あの、ちょっと訊きたいんですけど、チルチルって子、知りませんか?」
「! チルチルを知ってるの?」
 少し目を丸くしながらニコは頷く。しかし彼女の顔はそのくらいのことで改善されない。
「屋敷の中にいるのかと思って捜したけど、どこにもいなくって、もしかして――イーノーに――何か、されたんじゃないかって思って」
 頭から手は移動し、ぺたぺたと彼女は自分の顔形を確かめるように触れていく。最後には顔を覆った。
 ――自分がもっとチルチルに注意しておけば。
 女性――ネフェレの中で後悔がじくじくと傷から湧く血のように噴き出す。勿論、何度言ったところで、チルチルは自分を曲げずにイーノーについていくだろう。単純な性格をしていると思えば頑固なところもある。本当に子供だ。――ネフェレはこんな時なのに可笑しくなった。その可笑しさが、ますますチルチルを見失ったことに対しての自分の責任を、ネフェレ自身に露わにさせた。
「庭の方にも、私の部屋にも、どこにも」
「落ち着いて……」
 ニコは彼女を連れて屋敷に入ろうか、泣きそうな彼女を慰めようか、それとも外に出てチルチルを探そうか逡巡する。チルチルはどこにいる、と思ったその時、ニコの左手の珠が再び光った。光はネフェレの手を下げさせる。今度は屋敷全体に広がるのではなかった。光の直線が空気を、屋敷の壁を、茂みの緑を貫き、何処かを示す。
 古ぼけた、道具小屋のような所だ。
「あそこにきっと、チルチルちゃんが!」
「え? でもあそこ、鍵がかかって」
 ネフェレの説明を飛ばしてニコは光の道標に従い走り出したので、ネフェレもとにかく後を追う。
「でも鍵がなくて――ねえ、君は誰なの? どうしてチルチルのことを」
「説明すると長いんです、でもチルチルちゃんは」
 ぼくらの大切なお姫様なんです、とニコは言う。ネフェレは首を傾げた。光と小屋の差をどんどん短くなっていく。

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