檻の中の姫君





 青の姫・チルチルの意識がなくなった頃、アルゴ村・プリクソス村長邸にいたスピカは一人外に出て月を見ていた。イーノーの館に襲撃する日は明日――日が変わって今日だという。青年のいない村人達は与一のお陰で頼りがいのある力をつけてきた。ほんの数日だというのに、教えがいいのかもしれない。スピカは与一の頼もしく人懐こい笑顔を脳裏に浮かべる。
 人の気配がしたためスピカはその方向へ進むと、木の椅子に腰かけた与一がいた。ようと声をかけてくれる。
「どうした? 眠れない?」
「いや、何となく」
 与一は座れよと椅子を離れたが、スピカは気を遣わせて悪いといって座らない。どちらも立ち尽くすこととなるが与一は別段不満そうでなかった。
 月は少し欠けていた。これから満ちるのか、欠け続けるのか、月をこのところ眺めていなかったスピカにはとんと見当がつかなかった。ただ、太望と出逢い、仇討ちが成功し、しかし失敗したあの夜の月も、同じくらいの大きさだったように思う。


 あの時の自分と、今の自分は変わっていないとスピカは一人思う。今でも復讐の業火は彼の胸に揺れている。自分にのしかかった運命のことに何一つ構ってはいられないはずだが、スピカはここにいた。いつの間にそうなったか、彼に自覚は無かった。ただ流されてきただけだろうか。いや、そこに誰かが介在している。繊細な心を持つ大男、時にからかい、時に見守る年長者、そして赤の姫。


 スピカはぶんぶん首を振り、長くて青白い巻き髪を揺らした。カーレンのことを考えるだけで無数の人の顔が浮かぶ。他の仲間、世話になってきた人々、殺した人々、そして、赤い目の男。
「与一さん。何で今回の件、引き受けたんですか」
 スピカはそれらを振り切ろうと思い与一に訊く。与一は少し顔をスピカに向ける。
「そりゃ困ってる人達見て素通りはできねえじゃん」
「――ま、そうですけど」
 情けがないなと誰かに罵られそうだ。しかし、自分に浮かぶ様々なことを振り切るのには、どんな当たり前な答えの質問でもよかったのである。
 それに、と与一が付け加えた。スピカは聞く。
「その攫われた女の人ん中に青の姫がいるかもしんねえしな」
 二人の目的だった。忘れていたことに少し焦る。
「んまあ、いなくっても何か情報は得られんじゃねえかな。そのうち太望達と会えたりして」
 かははと与一は笑う。妙に乾燥した笑いだった。スピカは、彼が喧嘩をしたいからかと軽く思っていた自己を反省する。最近、よくいろんなことばかり考えることも反省した。
「それにしてもスーはもてもてだな」
「はい?」
「村に残った女の子達がきゃあきゃあ騒いでるんじゃん」
「騒いでるんですか」
 スピカはちっとも知らなかった。芸能の一族出身で、物心ついた時から舞台に立ち、周囲の注目の的であったスピカにとって、乙女の視線もすでに意識外のモノなのであろう。どうでもよかった。
「なかなか罪作りな奴だね」
「与一さんそういう話は」
「あいにく色恋とは無縁だよ。お前は? カーレンとは結局どうなんだ?」
「だから、何でもないですよ」
 それきり二人は黙った。
 カーレンはもう眠っているだろう。いや、時差があるから起きているだろうか。もし眠っているとしたら、どんな夢を見ているのか――スピカはそこまで考えて、そんなことを知る必要も、義務もないことを急に自覚する。


 しかし、スピカは遠い彼女のことを、それでも秘かに想う。

1     
プリパレトップ
novel top

inserted by FC2 system