「チルチルちゃんか。わしはニコの伯父の、那古太望じゃ」
 急に自己紹介をされたためか、チルチルはまばたきを止めれずにぺこりと頭を下げた。太望は膝をついてチルチル、ニコと同じ目線になる。
「実はのチルチルちゃん、お前さんの腕に浮かんどるそのあざには重要な意味があっての。わしらのも見せて詳しく説明してやりたいんじゃけども――」
 そこで太望は頭を抱える。チルチルの目は自分のあざと太望を行き来している。ニコも頭を抱えた。
 太望とニコ、二人のあざは与一の頬やスピカの右腕、カーレンの鎖骨のように、すぐに見られる場所にはない。ニコは左の脇腹にあるし、太望はこともあろうに尻にあるのだ。可憐な少女の目の前であざを見せようものなら、ニコはまだいいとして太望は平手打ちでは済まないだろう。
「チルチルちゃん、あの、これくらいで、青い珠は持ってない?」
 ニコが言い終わるとほぼ同時に太望は十二人を繋ぐ自らの珠を見せた。二匹の魚を表す魚座の紋章と、悌の字が浮かぶ。ニコも見せてみた。雄牛の頭を表す牡牛座の紋章と、最高の徳が浮かぶ珠がころんと手のひらを転がる。
「うーん……どうかしら」
 チルチルは珠を見て、しばらくした後申し訳なさそうに首を振ったが、ネフェレのことをふっと思いついた。チルチルを小さいころから知っている、すぐに出会える唯一の人物だった。
「ニコくん、太望おじさま、また来てちょうだい。私、探してみるから」
 チルチルは出来うる限りの笑顔を二人に贈った。チルチルの胸の鼓動は、何かが始まる予感と似ていることを、彼女自身悟ったのである。まだ運命も何も知らない少女の瞳に映った道を教えてくれたのであった。







 そして二人はその場を去り、再び夜が訪れた。寝所でようやくネフェレと二人になれたチルチルは、昨日の諍いのことをすっかり忘れたような調子で青い珠のことを尋ねる。ネフェレは昨日のことに関して何も言わずに、淡々と、そっけなくこう答えた。
「この館に仕える時に、それらしい物を一緒に奉納したって聞いたけど……私も心当たりがないわね」
 チルチルは眉を八の字に曲げ、自分の心が萎縮していくのを仕方なく見送った。
「そう。だったらもう……なくなってるかもだね」
 チルチルの声は小さい。そのままベッドに飛び込んだ。目を閉じると、自分を見つめたニコと太望がぼんやりと浮かび、そのニコの瞳が秘かに喜んでいるのを、夢の世界に沈む瞬間に気付いた。しかしその喜びはどうやら霞んでしまうらしい。残念でならなかった。
そうしてチルチルは、記憶に残らない夢の世界へと降りた。








 ネフェレはやや真剣な目で、すやすやと寝息を立てるチルチルをしばらく見つめていた。
チルチルのもとに幼い頃から度々現れる、黄色い光を纏った少女の姿を心に描く。それは、ネフェレにしか見えない輝く何かだった。彼女が、チルチルをネフェレの代わりに深く守っているものであることに――ずっと、長い年月チルチルの傍にいた彼女は気付いていた。
 そしてネフェレは、少女の手に包まれていた、この世にたった一つしかないと思いこんでしまうほかない宝――青い珠のことを、思い描いた――

    5
第五話へ続く
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