過去と出逢う日


 スピカと与一はニコと太望のいる大陸に無事到着した。しかし、二人と同じ所で上陸したのではなく、それより南方の港から上陸したため、二人の跡を追うことは出来なかった。太望から届いた書簡により二人はひとまず北方へと足を進めていく。その際立ち寄った村や町で青い珠のことや青の姫のことをそれとなくきいてみたものの、はかばかしい結果は得られなかった。
「オーレさん以外と歩くのは久しぶりですから、不思議な感じです」
 スピカは穏やかな緑道を歩いていたある時そう言った。与一はニコニコしてそうかと言い、スピカと並ぶ。それまで少し前に出て歩いていた与一に、スピカは疑問を持った目を向ける。木漏れ日が与一に当たって揺れていた。
「そっかー。そうだなー」
 同じように彼は相槌を打つ。
「で、カーレンとは?」
 スピカと顔を合わせた与一は妙にきらきらした極上の笑顔であった。
「な、なんであいつのことがでてくるんですか?」
 慌ててそう対応するスピカだが、頭にははっきりと赤の姫の姿が浮かんでいた。名前を呼ばなくてもきっと振り返って、自分に笑顔を見せて手を差し伸べてくれる、その存在。
「その左手の黒い紐、カーレンからのだろ」
 与一の笑顔はオーレのようなからかう笑顔ではなく、純粋に何かを見守る頼りがいのある、りりしい笑顔だった。スピカは目を伏せながらも一回こっくりと頷く。
「で? カーレンとはどこまで?」
「だから何であいつの話しなくちゃいけないんですか」
「お前らが予想以上に仲良しだったからだよ」
 二人は変わらず道を進んでいた。同じ歩調、同じ歩幅、変わらない二人の間の距離で。しかしスピカの心の中はとても同じリズムで物事や映像が浮かびあがらなかった。カーレンの顔が浮かべばオーレ達の顔も、カーレンの手を強く包んだこともスピカが大勢の人間を殺したことも、たった一人の敵の姿も、まったくそれぞれで違う速度や大きさですぐ浮かび、消えたり、消えなかったりする。
「お前と城で初めて会った時は、誰とも協調しない刺々しい奴で、こりゃあ全員揃ったとしても一人でツンツンしてるような奴かなって心配だったんでな」
「今だって十分そうですよ」
 スピカは冷たくあしらうが与一は軽く微笑する。
「そうか? カーレンだけじゃなくってオーレさんともけっこう仲良いじゃねえか」
「あのタヌキが勝手にベタベタしてくるだけです。――カーレンとは、仲なんて良くないですし、個人的にどうだとか、考えたりもしません」
 スピカの心に佇むカーレンはそれを聞いて寂しそうだった。実際の彼女はどんな顔をするのだろう。スピカは自分が彼女に暴力を振るっているようだったが、考えないようにした。
「仲良くない奴が、溺れてる姫を助けたりしないさ」
 与一のその言葉でスピカはカーレンの水難を思い出した。水を怖がる火の姫を救ったのは他でもないスピカ自身だ。
 そのことを気付かせた与一はどこか寂しそうに笑っていた。スピカは黙り込む。
「カーレンは僕達に必要だから」
 依然目を伏せて、長い間をおいて言った。その言葉は心に重くのしかかる。
「――カーレンのことをどうこうなんて言えませんし、考えません。やめてくださいよ」
 スピカは与一にそう言った。しかし己に向けてもそう言った。そう言うことで心の中に浮かんだ彼女を退け、残ったものは宿敵としてスピカが十年追い求めた男だけだった。赤い目をしている。そのことが再びカーレンを浮かばせる。家族のことを想っても、カーレンの暖かさが甦る。スピカの心はどう進んでも必ずカーレンが待っているようだった。

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