「春って大好き。お花は咲くしあったかいし木だってきらきらしてるし、それにわたし、春生まれなの」
 何も知らないチルチルの言葉がそれこそ春のように暖かかった。彼女は四本指を出して見せる。四月生まれなのだろう。
「あ、僕も春生まれなんだ」
とニコは右手を開いた。ニコは金牛宮、牡牛座の生まれである。
「ニコくんはこれからどこ行くの?」
「うーん……一緒に和秦から来た伯父さんと相談してから、アルゴ村、ってところかなあ……」
「じゃあ、もう会えないのかな」
 チルチルはうつむく。
「男の子のお友達っていないの。お屋敷の旦那様はお亡くなりになって、わたしと同い年の男の子は働いていないし」
 ふうと彼女らしくないため息が聞こえる。
「また来るよ!」
 ニコはさっきまでの元気で活き活きしたチルチルが見たかったので大きな声で言った。それが当然のように。チルチルは顔を上げる。もう微笑していた。二人の間に約束が生まれた。
「じゃ、わたしは戻ろうっと」
 そしてチルチルは伸びをした。長い手袋や服の袖が少しずれて、左の二の腕辺りがニコから見えるようになる。そこに見られたのは、青い、体に染みついた何かだった。その染みの形はニコがよく見ていた星座の紋章によく似ていた。
 白羊宮――牡羊座の印。
「ちょっとチルチルちゃん!」
 ニコは強く彼女の左腕を掴む。チルチルは顔をしかめた。
「きゃっ、ニコくん、いたいっ」
 その若干痛みを含んだ声を聞いてニコはぱっと手を放した。
「ご、ごめん! 痛かった? 大丈夫? そんなつもりじゃなかったんだ! ごめんなさい!」
 ニコがあまりに心配がるので、花の芽の時のようにチルチルは笑った。
「大丈夫だよ? ちょっとびっくりしちゃったの」
「うん。本当にごめん。僕も見間違えだったかもしれないから」
 リンドウ、青い空、チルチルの青い瞳にニコの目は自然と青を引き出してしまったのだろう。あざも、目の錯覚かもしれない。
「じゃあわたし、広間のお掃除があるから、またね!」
 チルチルは少し館の方へ走り、振り返って手を振った。チルチルは無邪気に笑っていた。ニコも笑った。庭の大樹が梅と重なったように、チルチルのその姿はニコが描く青の姫と重なった気がした。しかしそれは錯覚ではないと――ニコはなんとなく、感じた。

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