昼にあったそれらのことを、花火はその夜月を見ながら思い出している。陽仁の声、オーレの声、そして自分の声が間を置きながら小さく繰り返された。
妹の花依が今、生きていれば十九だ。里見の姫が十八年前に一歳だったなら、二人の花依は同い年だった。名前の一致のこともあり、花火は運命が逆回りをして、自分と妹を再会させようとしているのかと錯覚した。ただ年と名前が一緒なだけだ、とくだらない想像を花火は打ち消し、ふうっと白い煙を吐く。
 花火は十二宮の天蠍宮にいた。外に出て、先日オーレが座っていたような石の腰掛に静かに座った。
 しばらくぷかぷか白い煙を浮かべていた。自分に迫る何かの気配に気づき、その方向を睨んだ。花火の全ての気を逆立たせてしまったので、近づいていた者は足を止めた。李白だった。
「ああ。李白さんか」
 ふっと花火が薄く笑うと、李白に迫っていた緊張が驚くほど解けてしまったのを、花火は知らない。
「こんばんは。李白でいいですわ」
 李白もふふと笑った。花火の顔がしゅるしゅると、普段の無表情に近い顔つきになる。
李白は彼の隣に座った。李白は花火の様子を見て、自分の登場が不快なのかと疑ってしまったようで、自然とうつむいた。
「………」
 李白はうつむいてばかりなので、目線を天秤宮の鉄柱に向ける。月光に照らされた、姫が溶けたという柱は真に不気味だった。それを見つめていると、玉梓がこちらを睨んでいる気がし、さらに李白はぞっとした。
「この前と同じだな」
 そんな時、花火が突然話しかけたため、その「この前」というのが、先日西園寺邸で二人が夜中に偶然出会ったことを指しているのに一瞬李白は気付かず、しばし顔を赤らめた。そのためか、恐ろしさは心中から消えた。李白の肌は白いため、赤く染まるのが花火にはよくわかり、彼の心をさっとくすぐるような感じが起こったのを、李白は知らない。
「里見の行方不明の姫君が、俺の妹と同じ名前だった」
 その言葉を皮切りに花火は今回の使命を語る。
「盗賊の――そうですか」
 李白は華北の盗賊らしかった、黒い服の少女を思い出した。そして彼女の体に染みついた記号は、ひょっとしたら十二星座の内の何かだったかもしれないことも思い出す。しかし李白にはそのあいまいな事実よりも、体中にわき起こる確かな感情を捉えずにはいられなかった。
「無事に……戻ってこられますでしょうか」
 李白は花火の横顔をじっと見つめる。
「華北は、政治の腐敗と混乱から、人々の生活も大変物騒なものになっているといいますし、入国する際も……」
 心配ですわ、と李白は結ぶ。花火は横顔を見せるのを止め彼女と向き合って、今までくわえていた煙管を外した。灰を落とす。
「李白」
 そして彼女の名を呼び瞬間を挟まず煙管を、彼女の口に押し込んだ。何が起こったのかわからない李白は目を白黒させながらその金属部分を指先でぺたぺた触れる。
「その煙管は俺の大切なものだ。――あなたが持っていれば、俺は必ず戻ってくる」
 花火はなんの気なしにそう言った。少なくとも李白にはそう聞こえた。それが、あまりにまっずぐに李白に届いたので、李白はほっと笑って、煙管を手に置いて眺めた。金色の雁首に月と星の光が煌いて、李白の心に小さなやすらぎの種を播いた。それから李白は目を細めてはい、と言った。

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