青の章 零

 ニコは墓前で手を合わせていた。
 夏の風が、彼の染めた金色の髪をなびかせていく。少年の、きらきらした静かな感情が起こすさざ波のようだった。そう、静かであった。父母の墓の前で、はやる心は抑えられる。自然に、縮まっていく。
 ニコの両親が死に、ニコの左手が開き、伯父と共に巨大な運命の輪に据え付けられてから数年が経った。しかし、陽姫が希望を託して放った十二の珠の内、八つが揃ってからまだ、数か月も経っていない。巨大な運命の輪が廻り始めるには、時間と力と、多くの血と涙が必要だったようだ。
 ――八つの珠には、人が守るべき正しい道がそれぞれ浮かんでいる。
 最年長の男は心に敬意を抱きそれを行動として外に表す「礼」を、ニコの伯父は兄や年長者に対して従順である意の「悌」をそれぞれ珠と胸に秘めている。
 ニコはその八つの内最も徳が高いとされる「仁」を抱いていた。
 いつくしむこと。おもいやること。あわれむこと。
 そして、あいすること。
 墓前から手を合わせたまま動かないニコは、ただひたすら、非業の死を遂げた父母に確かな感情を送っていた。それは、仁の心から生まれるすべての感情に近かった。
 さわやかな風が吹く。
「ニコ」
 伯父の声がした。それを聞きニコは手を解き立ち上がって振り返る。
 大柄で、肌が健康的に黒く焼けた男が微笑んでいた。髪に巻いていた布をほどいて腰にかけてなびかせている。
彼がニコの母の兄、太望である。
「ごめんね伯父さん。待たせちゃって」
「いや、いいんじゃ。――今年も、青いのう」
「梅?」
 ニコは再び墓前を向く。墓の後ろには大きな梅の木があった。若々しい緑が日光に照らされ淡い色の光となり、生命に安らぎを与えていた。
 ニコの両親が亡くなってから、どういうわけか自然に芽吹き、数年の内にすっかり成長した。墓の目印にもなっている。
 ニコを、太望を見つめるように優しくたたずんでいる。
 その淡い緑の光でもいいが――ニコは枝葉の隙間から覗く、梅よりも真に青いものに、心魅かれた。
 青い空。青い光が満ちた空。
 二人は和秦を旅立ち、遥か広大な青海原を越えて、大陸に出かける。この空のように、その海のように、目の前の梅よりも、もっともっと青い珠を持つ、青の姫を探しに。
「伯父さん、いこう」
「そうするか」
 ニコは顔をあげ空を仰ぎ見た。
 遠いどこかで、自分を待っている。そんな気がした。体を突き抜けていく青の向こうに、笑って待っている。うずうずしている。
 ニコと太望は、静かにしかししっかりと、歩き出した。

青の章 第一話に続く
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