「双之助坊ちゃまかい?」
「玲婆さん! まさか、こんな所で再会できるなんて!」
シュリは双助と玲婆の声を聞き、ゆっくり目を開いた。視界に映ったのは――黒い、夜空だった。
しかし、闇のように何もかもが黒いということはない。夜空には星が一つ二つ、そんな端数では数えられない程、結びきれない程、散りばめられていた。
何故、野外に寝かされているのだろう。耳が冴えてきた。シュリの周りには多くの人がいるようだ。
賑やかな音がする。食事の音だろうか。まるで、花依といた、あの里のようだ。
貧しいけれど、暖かい。
「お姉さま、気がついたのね」
星空の視界は突然自分を覗き込んできた青い目の少女によって乱された。
少女には見覚えがある。確か青の姫とかいう――
「シュリちゃん! よかったー、ずーっと目を覚まさないんだもん、心配したよー」
今度は赤の姫であるカーレンがやってきた。手には皿、調理器具のお玉、前かけをしていて見た目は料理中の主婦のようだった。
「シュリ」
舜の声がした。シュリはそろそろと上体を起こす。
「――何、なに、何なの……? 街のみんなは、玄冬団は――」
慌てるシュリの肩に舜の手がのせられた。落ち着け、と彼は言う。
「――革命は、ひとまず止まった。今は、身分も何も関係なく」
「皆様揃って、夕食です」
淑やかな声が聞こえた方を見ると、李白がいた。にっこりと、彼女は笑う。
「貴族の中にも、善い悪いがございます。
わたくしがこんなことを言える立場ではないことは、十分承知しているつもりですが――」
困ったような、照れたような表情の彼女はそう告げる。
彼女には一度、お前のことが嫌いだと吐き捨てたことがある。彼女はそれを覚えているのだろう。
シュリは気まずく、視線を落とす。
「食糧や毛布は、その貴族方から、善意の提供さ」
舜が李白を補う。
「まあ勿論、保身を考えての狡賢い奴も中にはいるだろうが――追って処分して、処遇を考えていくよ。尭様や俺達が」
そしてシュリの頭をぽふんと叩いた。暖かくて、心地よかった。
華北は北国で、何もせずとも凍えるような寒さなのに。ぎゅっと毛布を握りしめた。
「……」
シュリは二重になった毛布から抜け出し、李白達と同じ地に立つ。
「李白」
体力や、体の調子はだいぶ良くなっていることをひしひしと感じながら、白い肌がかがり火に映え美しい李白と目を合わせた。
「あんたのこと――嫌いだなんて言って、嫌な奴だって、一方的に、決めつけて――その、ごめんなさい」
居たたまれなくなって、目を逸らす。それでも言葉を続けた。
「あんたの妹さんのことも――もう……取り返し、つかないけど……」
シュリはぺこりと、頭を下げるしか無い。李白は困ったようにただ笑い、そして哀しい顔を見せた。しかしそれをすぐにしまい、彼女も、上品に礼をした。
「では、里見からも何か援助が出来ないか、殿にもちかけてみましょう」
「ああ、そうして戴けると有難いが、しかし……」
今度は背後からオーレと尭の声がした。
「なあに、花依姫の第二のお父上殿だ。里見の主上は仁君です。
新しい華北の小さな始まりに、きっと協力してくださるはずですよ。おや、シュリ君がお目覚めです」
二人はシュリに向かって小走りでやってきた。尭様、とシュリも駆ける。
「無茶をして――大事はないか?」
「はい、ありません。尭様もご無事で、何よりです」
そこで改めて、シュリは周りを見渡す。
恐ろしくない、暖かな色の炎があちこちを照らし、貴族らしい人物も平民も賤民もみんなひとつになって腹を満たし、暖をとっていた。
人と人が集まり手を取り生きている姿。傷つけ合うこともなく、いがみ合うこともない。
何だかシュリはぼうっとしてしまった。そして心の芯から、こみ上げる何かがある。
油断していたら、とても暖かくて心地よいのに、どうしてか泣き崩れてしまう。
畢竟、この光景こそシュリが望んでいた華北の姿なのだろう。
シュリ一人が苦しんで、いきがっていただけでは、到底届かなかっただろう。
切迫したそれとは違い、ここは開かれていた。穏やかで愛しく、優しかった。