「な、何ィ」
水を被った爆弾は床に落ち、紂はわなわなと腰を抜かしてしまう。
「すごい! シュリさんすごいですよ!」
「――あたしがやったの?」
全く実感がない。水柱はやがておさまって、巣に戻る蛇のように消えていった。
「きっと珠の力ですよ。他の姫達――カーレンさんや李白さん達も、こういうことが出来るんですから」
シュリはうっすらと、京でカーレンに火傷を負わされたことを思い出した。きっと彼女は火が使えるのだろう。
ならば、とシュリは紂を見据える。ひっ、と紂は情けない声を出す。
放っておいてもどうせ死んでいくだろうが、華北の民衆の積年の恨みを晴らそうと、珠を握り締める。ぴかんっと黒っぽい光が、再び起こる。空中に水球がどこからともなく現れ、膨らんでいく。よし、とシュリは意識をそれ一点に集中させるがしかし、ぱちんっと無残にも弾けて消えてしまう。
「――うっ……」
「シュリさん」
頭痛がして、吐き気がわき上がってきた。
上手く念じられない。そもそも、いきなり手に入れた力を、どう扱えばいいのか簡単にはわからない。
「っははは、いいザマだな」
紂は自分の状況を棚に上げシュリを嘲笑する。懐からこれ見よがしに次々と爆弾を取り出した。周りの火は完全に消えていない。シュリは力尽きてへたり込んでしまう。双助はシュリをかばいながら戦えるかどうかわからないと悩ましげな表情を浮かべた。
「消え去れ! 薄汚い野鼠めが!」
導火線に火をかけようとした、その時だった。
紂の背後の扉が開き、誰が開けたか判然としないうちに、紂の背を袈裟掛けに斬り裂いた。
「がっ、あ! な、何?」
切っ先から、水が滴っている。紂は気を失ったのか、事切れたのか、床に沈む。
下手人が二人の目に映った。
「信乃さん!」
そう――
水気溢れる刀、村雨丸を持つのは、信乃である。
「無事?」
信乃はその水気にも負けない、清々しい笑顔を見せた。
シュリを見てますます嬉しそうに頬を緩ませるが、体のあちこちはぼろぼろだ。彼もこの館に苦戦したのだろう。
「――しの、くん……」
シュリはそう呟いてから双助の肩によりかかり目を閉じた。双助が何か言っているようだが意識出来ない。
双助は約束通り――自分を含めた十一人を連れてきた。そしてシュリは、本当に山羊座――黒の姫であった。
ただ、そう思って深い眠りに落ちた。