「殺せ。決して妾を許すな。
 恨め、憎め、いつまでもいつまでも、憎み続けろ! 永遠に! 死んでもなお!」

 スピカは左手を下ろし、空虚を握りしめた。
 そして、右手を勢いよく玉響の――そして、全ての元凶である「女」の左胸めがけて振り下ろした。
 たった一刺しで、血が勢いよく噴き出した。血の花びらが舞う。或いは血の雪が降る。そして玉響の体は――先日戦った船虫がそうだったように、霧のように消えていった。

 しかし、何か赤くもやもやとした煙のようなものが残っている。スピカはその煙の行く先を辿ると、カーレンの目の前に煙は集まった。しかし、何故かカーレンには全く見えていないようだ。
 赤い煙は次第に体を形成していく。女の体のようだ。そしてスピカは目を見張る。

 カーレンを見つめるその女は、カーレンが姉と慕う人物そのものであった。
 目は――そこだけが特別くっきりと――彼女のように、赤い。

「今度は、あなたの番……」
 カーレンの頬に触れるが、彼女はちっとも気付いていないようで、玉響がいた場所を悲しげに見つめている。
 スピカにだけ聞こえ、スピカにだけ――またぶり返してきた恐怖が芽吹く。

「待っててね、私の可愛い妹。そして、妾の愛しい――」

 最後の言葉が、聞き取れない。彼女はスピカの方を向いて、嗤い、そして消えていった。
 残り香のような恐怖が、いつまでも消えない幻に囚われた気がした。
「……スーちゃん?」
 自分をぼうっと見つめているスピカにようやく気が付いて、カーレンは声をかける。
「スーちゃん? おーい、大丈夫?」
「お前……何も、今、本当に何も見えてなかったのか?」
「何のこと? 玉響のこと?」
 カーレンは首を傾げる。本当に、彼女は突如として出現した姉に気付いてなかったのだ。
 とぼけた顔から、カーレンはすぐに真剣な顔になり、立ち上がって出口へ駆けた。
「おい、カーレン? どうした!」
「シュリちゃんが、大変!」
 スピカは追いかける。過去のしがらみを切って、ようやく前に進めるが、そうのんびりはしてはいられない。今はシュリを迎えにここに来ているのだった。


 しかし何故カーレンは他のことにはおそろしく直感が働き、感受性も人の数倍かと思うほどなのに、何故マーラの存在に気付かなかったのだろう。どうしてマーラの恐怖を感じないのだろう。そう思いながら、赤の姫を追った。



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