黒い夜空に星は輝く



 炎が、揺れている。
 その向こう側に、彼はいた。
 灰のように全身は白く、目はたった今心臓から飛び出した血液のように、赤い。
 スピカは彼を睨みつける。――時の輪は逆回転をして二人を十年前に戻したかのように、その構図と炎は、まったく昔と同じであった。
 しかしただ一つ違うことがある。それはスピカの隣に誰かがいるということだった。
 白い男と同じように、赤い目を持つ、赤い少女――カーレンもまた、隣のスピカと同じ人物を見ていた。
「よく」
 男――玉響は口を開く。炎の熱が全ての形を歪ませる中、二人を凍てつかせるように吐かれる冷たい声。二人の耳に、しっかりと残る。
「ここまで、やってこれたものだ」
 妖しい嗤いを浮かべるその姿は、スピカがよく知るものだった。熱さの塊である炎が辺りでうねっているというのに、スピカは気持ちの悪い冷や汗を流し、鳥肌を立てた。
「何もかも、奪ったのに。希望を、根絶やしたのに」
 玉響は少しずつ距離を縮めていく。炎を気にせず、まっすぐスピカに向かう。――その意外な積極性に、スピカは若干戸惑った。
 肉親達を陥れ、火を以て虐殺したのが、この玉響だ。今更、念を押すまでもない。スピカは全てを失って、全ての時を、力を、涙を、復讐にあてた。
 それは醒めない眠りであり、明けない夜であり、星のない夜空であり、太陽のない昼であり――とにかく、光が無かった。時間の果てに光は無く、あるのは仇の死と、自らの死である。
 ……そう思っていたが、運命に拾われる。太望やオーレを始めとする人々がいる世界に否応なしに引きずり込まれたのは、つい最近のことだが――もう、懐かしいことのようだ。
 暗闇にいるのが、自分と仇だけではなくなった。
 太陽の姫と、七人の男と、三人の女と、そして――
 隣のカーレンの手を握る。カーレンは驚いた様子もなく優しく、握り返す。
 以前、彼女を退けてまで自分を失っていた自分はもういないと、信じる。恐怖は血と共に体内を巡るが、それに急かされたり、ひるんだり、おびえたりは、もうしない。

 両親や姉たちの為だけでない、戦いだ。
 前に進む為に、自分の為に、スピカはここにいた。

 玉響は、立ち止まる。二人と玉響はそう離れてはいない。玉響は気色悪い嗤いを止めて、毅然とした表情でスピカを睨む。恐怖の視線の蛇が彼らを絞めつけようと襲い掛かり、さらに炎が、矢のように二人を的にして、飛ぶ。
「朽ちてしまえ」
 瞬間、カーレンの赤い珠が、物陰から出てきた太陽の如く、強く光り輝いた。スピカの珠も同じように光り、真珠が自ら輝いていると見紛う程の光が二人を包む。
 赤い光が炎の矢の軌道をぐんと変える。一瞬にして炎は主である玉響に飛びついて、彼は弱い樹木のようにふらりと倒れていく。あっけなく、彼は沈む。しかしそれを疑問に思っている暇はないと、スピカが飛び出した。
 玉響を、見下ろす。炎に彩られた赤い目の男はスピカを、見上げる。
 スピカは右の手に小刀を握る。左の手は空を掴んで、しかし握り拳をつくれはしなかった。

 これで、終わる。左胸を一刺しすれば、スピカの失われた十年は功を成す。
 だから、早く殺せばいいのに――スピカはしばらく動けないでいた。
 肉親の仇で、最も恨んでいるというのに。何故か、手は逡巡していた。
 何を戸惑う必要があるのか。この期に及んで――。

「そんな目で」

 玉響が、炎に包まれていても冷たい声で言った。

「そんな目で見るな」

 スピカの左手は、自らの左目の辺りに触れた。人肌なのに、燃えるように熱い。
 自分の目を見ることは出来ない。一体どんな目をしているのか。憎悪に汚れた目か、それとも――待ち望んだこの場面で、迷った目をしているのか。
「早く殺してしまえ。妾は、お前の肉親達を焼き殺した。恨まれるべき存在じゃ」
 気がつくと、カーレンが隣にいた。彼女は呟く。
「……あなた、たまず」
「黙れ」
 一際大きな声だった。


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