その夜以後のシュリは人が違ってしまったように、気が狂ったように盗みを、戦いを、繰り返した。休むこともなく、何にも目をとられること無くただ、奪っていく。その殺意に似た衝動を潜ませる漆黒の瞳は冷酷で冷徹で無慈悲だった。仲間に対しても、どこか愛情を欠いた口調と眼差しを向けていた。
 そうした中で、シュリはある会話を偶然耳にした。シュリの兄貴分であり玄冬団を纏める若き統率者・舜と、その右腕の劉の会話だった。その日は活動が無かった。拠点内にいる三人以外の団員は全て眠りについている頃合だから、夜も更けに更けていた。


「近頃のシュリの様子は、痛ましいものがあるな」
 舜の声が壁越しのシュリの耳に入る。
「そうだな。やっぱり花依がいなくなったことが一番大きいんじゃないか」
 それより少し遠くから劉の声がした。
「……出て行ってからすぐは、そうでもなかったんだがな」
 舜は若干言いよどんだ気配をさせながら、続けた。
「シュリだって年頃の女の子だ。この華北さえ落ち着けば――いや、この華北にさえ生まれなかったら、花依のように幸せに過ごせるはずで、生まれた時代が違えば、もっと別の、少なくとも自分を痛めつけるようなことをしないで幸せになれる生き方を、見つけられたと思うんだ、俺は」
 溜息でもつきそうな終わり方だと思った。ため息は壁を通過しない。
「配属を変えたり、里に戻すって手もあるけどなあ……あいつは、そんなことしてもきかないだろう。
 下手すれば俺達に何かするのも、あり得なくない、な」
 その言葉に続いて椅子を引く音がした。劉が立ち上がって酒でも注ぐのだろうと、シュリは気付かれないようにその場を立ち去った。


 兄貴分二人がそう心配してくれることをシュリはただ、有難く思った。そう思うだけで、シュリは今の自分のあり方を変えようとは、顧みようとはしなかった。
 自分はここで死ぬ。そうシュリは決めた。固く固く心に誓ったことを、シュリはどんなことがあっても変えるつもりはない。他者の願う生き方など、それは結局、他者の目から勝手に作り上げられたものに過ぎない。どうあがいても自分自身が描く生き方と他人の描くそれとは合致しない。
 まして幸せなど。

 ――あたしはここで死ぬ。

 シュリは自室に戻り扉を後ろ手で閉めて、もう一度思う。
 ――あたしはここで生きて、死んでいかなきゃいけないんだ!
 目を瞑り、心に頭にもう一度、呼びかける。そして、目を開いた。
 途端、シュリの背筋を冷気が駆け巡る。
 窓を閉め切り、扉も閉め、夜に密閉されたシュリの部屋は、僅かな外明かりしか外部のものはなかったはずだった。しかしシュリの視界にはっきりと、部屋にそぐわない赤いものが見えた。
 玉響の、赤い目だった。


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