北の花は閉じて



 今日もシュリは一暴れして帰還し、自室の窓を開き、星を見上げる。星座盤があってもシュリにはいまいち星を結ぶことが出来ず、ピンと来ない。そんなシュリを置き去りにし、からかうように星はきらきらと瞬いていた。
 舞う雪が無くても、静かな夜だった。それでも相変わらず寒い。シュリは身を縮めて体内の熱をいとおしむように守る。
 そしてまた、星を見上げる。
 光る星をじっと見つめる。時がシュリだけを残して、ひとりで滔々と流れている気がする。そんな孤独の世界で、シュリは想う。


 双助も、花依も、――この星を見上げているのだろうか。
 同じ星を見つめれば、違うところにいる者同士でも、結ばれるのだろうか。


「何を」

 背後から声がした。

「何を、見ているのです」

 シュリが感じていた寒さとは違う寒さ、脊髄から体を凍てつかせるようなおぞましい冷たさがシュリを襲う。恐怖という概念が体を持って、シュリを犯しているようだった。
 扉の開く音も無く、気配もないその声の主をシュリは振り向いて確かめる。振り向くのにも、まるで顔や首に鎖が巻きついたかの如く重々しく、力を要した。シュリは、怖いのだ。
 闇に浮かぶのは、白い和秦式の着物と、白い肌と、柳のように垂れこめる白い髪。そして世界中の、あらゆる忌々しい赤を集めたような、赤い目。
 その目がシュリを射抜いている。

「――玉響」

 自分の声が震えていることに気付く。声だけではなく、体全体がそうであることにも。玉響は妖しい嗤いを浮かべ一歩ずつ近づいてくる。――その短い間にシュリは思う。
 シュリが生まれる前よりもずっと昔から、彼は尭の元にいたという。尭に味方していると思えば、敵の元についている時もある。いつも突然現れては消えていく。常に計算外のことをする、先の読めない冷徹な男だ。
 ついこの間も――何の罪もない少女が殺され、屋敷が焼かれた。
 シュリは下唇を噛む。和秦の京で起きたその事件の発端である活動の責任者は、シュリ自身であった。後悔とやり切れなさが体の中心からふつふつ甦ってくる。
 何故こいつはここにいる?  尭も舜も花依もいない時に、何故玉響だけが。シュリ達を嘲笑うようにかき乱しては消えていく異端者が。そして何故シュリはこいつに育てられたのだろう? それだけで自分も異端であるようで、気味が悪い。
 思考の奔流は玉響がシュリの目の前に来るまで続いた。玉響は赤い目を細めて見下す。


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