「今度は私?」
 陽星が父の前に大人しく座りながらも、くりくりした目を疑問の目に変えて彼を見ていた。
「若、着初めの儀式を終えたでしょう」
 隣に座るシリウスが耳打ちする。
 着初めとは武士の子弟が初めて鎧を身につける儀式のことで、武士の世では成人式とほぼ同じ意味を持つ儀式だ。
 夏の盛りにそれを終えたが、当然、形式的な儀式をしたまでで、陽星はまだまだ子供である。実年齢と見た目があまり合致していない。とはいえ、数年後に控える元服への重要な一段階を終えたのだ。
 しかしそれがどれほどの意味を持つか、陽星にはいまいちぴんと来ず、首を傾げる。それほどまで、陽星は子供だった――君主としての器はあるにしても、このいとけなさが陽仁の悩みでもあった。
「なんでも修復の終わった神社の初参りをお前に頼みたいそうだ」
 つまりだな、と陽仁は身を乗り出す。息子に自分の意思が伝わればいい。
「お前に、国の大きな仕事を任せようと、父上はそう言っているんだ」
 そう言って陽星のおかっぱ頭を陽仁は撫でる。しばらく沈黙をおいたが、意味を理解したのか、陽星はたちまち誇らしげに笑顔を咲かせ、やるっと元気よく返事をした。多少危なっかしいところもあるが――陽星の使命感に満ちたきらめく瞳が、陽仁を納得させたのだった。
 しかし、何故陽星を、と大人二人は思う。が、花依のことも断っているのに、ここでさらに断りを入れ、外交上で支障をきたしては――戦になる。戦になれば、と思うと、二人は行かせざるを得なかった。










 陽星とシリウス、そして辰川家のように里見家初代から仕える家の者を何名か連れて、件の神社に参拝した。
 早々に参拝を済ませ、素藤宛に土産を渡して帰ろうとしていた。というのも、シリウスが、その神社全体に浸透している不吉さ――三十年前に対峙したあの女から感じた恐怖がシリウスの中に甦り、その場全体を忌避すべきものと警戒しているからだ。ここに一秒たりともいてはいけないという恐ろしさがシリウスをして陽星を急がせる。
 何も感じないのか、陽星は訝しげに眉を歪めていた。
 帰ろうと境内を歩いていた時、陽星は椿の木のもとでうずくまる何かを目の端に捉えた。
(何じゃ?)
 立ち止まってよく見てみると、それは髪の長い、女であった。ひどく苦しんでいるようで、顔を上げられる状態ではもはやないらしい。
 大丈夫かと思い、かけよろうとする。

「若、そっちにいってはいけませぬ!」

 シリウスは叫んだ。境内に入った時からも、その椿の木の下が一番、恐怖を、不吉さを、気持ちの悪さを感じるところだと、彼はわかっていた。しかし――気付かないように、あちらからも気付かれないようにしてきた。
「シリウスは見捨てるのかっ」
 しかし、腕を振り切る陽星の声も目の色も、弱き者を守る、強者のそれだった。
「彼女は苦しそうにしているじゃないか」
 陽星はシリウスの思いにどうしてか気付かなかった。軽く憤っていると口先を尖らせることで表し、陽星は女のもとへ駆ける。
「大丈夫か――」
 陽星の言葉が先か、うずくまった女から放たれた紫の光が先か、シリウス達は判然としなかった。



 一行が彼女の赤い目を認めた時、女と陽星は消え失せていた。


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