「昔っから確かにあいつは頑固だったわね。
 あたし達の言うことはよく聞いてたいい子だったけど、自分が言い出したらきかないし」
 くすり、と苦笑が漏れた。
「……でもあたし達とは違ってた。
 どうしてか、一緒に育ってきたはずなのに、どこか上品で洗練されてて、お姫様みたいだった……」
 聞こえるか聞こえないか、闇夜に紛れてかき消されるほどのため息が、まさに夜に溶ける。

「本当に、お姫様だったのね」

 その言葉を双助に言っているのか、シュリ自身が自らに言っているのか、判然としなかった。
 双助が見つめる横顔は、やはり寂しそうだった。大切な妹分と離れることになったから、当然だろう。
 しかしそこには、無理にでも生きようという決意が浮かんでいて――堪らず、双助は思わず声をあげる。

「シュリさんも、お姫様ですよ!」

 はあ? とシュリは呆れかえった目を双助に向けている。
「あたしのどこが姫だって言うのよ」
「だって、だって、あざが――」
 あざ? とシュリが首を傾げた瞬間、双助がシュリの肩に手をかけた。そして、どしんとシュリの背中が地面についてしまう。
 シュリは無理矢理押し倒された形になっていた。
「ほら、ここ――」
 シュリの怒りがその事実確認より速く脳内に巻き起こり、右手に瞬時に力が飛ばされた。
「ッ何すんのよこの変態ッ!」
 右拳が双助の左頬に突撃し、見事、炸裂した。苦しげな潰れた声を双助は夜空に向かって放った。
 怒りに任せた攻撃は打ちてし止まず、再び殴っては蹴り殴っては蹴りで、もはや完全にシュリが双助を痛めついていた。唯一の優しさは急所を狙わなかったことだろう。
「……はっ。ごめんやりすぎたわ」
 さすがに気が動転していたのだろう、シュリは頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫です」
 と双助は体勢を直すが、見るも酷い傷や青あざが、顔や腕にはっきり浮かんでいる。
「悪いのはこっちですから。それに、おれは元は下人でしたから、暴力には慣れてます」
 打たれ強いんですよと双助はやけに清々しく笑った。そんな風に笑われると確かに下人根性のようなものを感じるが、何故だかやはり、シュリは彼の雰囲気に品の良さも微かに感じた。下人と貴族のそれは、全然かけ離れたものだというのに。
「その……シュリさんの、おへその辺りにあるんですよ、あざが」
 双助をめった打ちにしたこともある。シュリは確かめようと、月明かりの強い場所に移動した。そして自らの臍付近を覗き込む。
「これ? 昔からあるけど……何?」
「それが、山羊座の紋章なんです」
「ヤギザ?」
 しかし、シュリの目に映った、己の腹にあった黒いそれは、シュリにしてみると何のしるしか、山羊座と言われても見当がつかない。
「星座……星と星を繋いだ図形のことです」
「……わかんないわよ。普段、そんな風に星を見たこと無いもの」
「まあ、いいです。確かに星座の知識を持っている人は少ないですから。ええと」
 変なことするつもりじゃないので、殴らないでくださいね、と言いつつ双助は上の着物を脱ぐ。シュリは前置きがあってもいきなりの事態に胸が高鳴った。顔をそむけてしまう。
「右の肩甲骨辺り、見えますか? そこに、変な形のあざがあるでしょう? それが、双子座の紋章です」
 シュリは覗く。人体のくびれのような部分を持った長方形に近い図形。そんなあざが確かに浮かんでいる。
「で、これも」
 シュリの手のひらに双助は珠を乗せる。無色透明で、何か、字のようなものと――義という文字だろうか――その裏側にはさっきみたあざと同じ図形――双子座の紋章が浮かんでいた。
「こういう珠、持っていませんか? シュリさんの場合は黒いんですけど」
「そういきなり訊かれても……思いつかない。知らないわね」
 そうですか、と双助は少し残念そうに珠を持っていった。
「シュリさん、昼間の話、覚えてます?」
「何よ話って」
「覚えていないんですね」
 上着を着終え、双助は苦笑した。かいつまんで、双助は自分がここにいる理由を話した。
「信乃さんが水瓶座、花火さんが蠍座で、オーレさんが獅子座です。
 シュリさんは太陽暦、一月……前半の生まれですか?」
「えっと……太陽暦なんて、よく知らないけど……でも舜兄からは、あたしは冬生まれって聞いてるわよ。
 多分その頃、生まれたてのまんま、……尭様のお屋敷に捨てられてたみたいね」
「あ……」
 ごめんなさい、と双助は苦々しく言う。
「別に謝んなくてもいいわよ。生まれがどうあれ、生みの親がどうあれ、今生きてるんだし」
と、シュリは全く気にしておらず、快活な様子は言葉通りだった。
「でも、こんなあざ、偶然よ。ぐーぜん。もう寝るわ」
 シュリは双助から離れていく。双助は何か呼び止めているようだが、シュリは足を止めなかった。


 部屋では花依が、いつもと同じ様子で眠っていた。遠くに行ってしまうのに、離れてしまうのに、驚くほどいつも通りだった。
 眠る彼女の体に宿るのは、暖かい恋心だろう。ずっと一緒に、自分達は育ってきた。しかし、――自分とは違う。
 シュリは服をめくり、月光に肌を照らす。少し黒ずんで浮かび上がる例のあざは花依には無いものだった。


 頭の片隅で、何故か双助の声が聞こえた――。


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