「……あ、あの、ごめんなさい」
どうしてか花依が顔を赤くさせて戸惑った。
自分がどれだけ大層なことを言ったのか、半ば気付いてなかったのだろう。花依らしいかもしれない、とシュリは少し可笑しくなった。
「ふふ、ははは」
「あ、あんまり笑わないで欲しいです……」
「いえ、失礼しました」
依然、信乃は微笑み続けているが、ふっと何かを吹き付けられたように、そこに寂しさが現れる。
「そういう頑固なところは……花依にはなかった」
花依の、信乃の左手を掴んでいる手にそっと、右手を信乃は重ねた。
「頑固だったら、身分も気にしなかったら、おれについていっただろうな」
彼の伏せた目の陰に映し出されるのは、ありえなかった光景だろうか。
そこには血が噴き出すこともなければ、命の灯が潰えることもない。
「――でも、もう、終わってしまったんだ」
完全に目を閉じそして開くことで、信乃はその光景を幻として打ち消した。
「全部、終わってしまったんだ」
信乃さま、と花依は寂しげに呟いた。それはそっと、信乃に寄り添う。
運命はいくつも用意されている。信乃の想像もあるいは選べる道だったかもしれない。
だが、たった一つしか選べない。歩けない。生きていけない。
だからその想像は儚い。
終わってしまったことは、もう変更がきかない。
だけどこれからのことは――わからない。
「国へ帰って、やるべきことをやったら、今のことが全部片付いたら……」
あとから一つと決まるだけ。未来へ続く道の幅も筋も、限りない。
「それまで、待っていてください」
花依は声に出さず何度も頷いた。その目はうっすら下部が濡れていたかもわからない。そして笑う。
二人は手を繋ぎ、家へ戻っていった。
シュリはふうと息をつく。困ったような顔でしかし、微笑んでいた。
「行っちゃいましたね」
双助もにこにこして、シュリの隣に座る。
「そうね。まあ、一国のお姫様だし、下手なことはしないでしょう。ほっといても大丈夫ね、あれなら」
「は、ははは」
双助は若干ひきつった顔で苦笑した。
シュリはそのまま空を見上げ、星を目に映す。この辺りは月明かりが薄く、星がよく見えた。それは今まで見てきたものと同じ星であるはずなのに、やけに生き生きときらめいている。