花依を送り届けるため、一旦信乃と双助も里見へ帰ることとなった。黒の姫探しが難航しており、一から再出発するのもいいだろうということだった。双助はシュリのことを気にしたが、彼女が本当に黒の姫であるか――まだ彼は確信が持てずにいる。
 舜は里にたくさんの若者、信乃や双助よりも若干年上で、花火と同世代くらいの男女を連れて帰って来た。その日の食卓はいつも以上に賑やかだった。いつのまにか酒も出回り、ちょっとした宴会となる。
 そこで初めて花依が里見に行くことを発表した。混乱を避けるために素性は隠す。当然のことだが何も知らない里人にとっては唐突過ぎ、子供達はわめき、大人達は訝しみつつ声を上げていた。舜が後で説明するから、と説き伏せていた。
里からどこかへ出て行くのは、しかし稀にある例らしく、ついこの間、誰それがお屋敷近くに出ていっただの、そういえばあの二人もだったなあと声が飛び交う。お屋敷がどこのことを指すか、双助達にはわからない。
「……花依ねえちゃん」
 わあんと、ある子供が堰を切ったように泣き出した。花依があやすが、ますます泣きが酷くなる。シュリがふうと息をつき、花依に代わって慰める。肩を抱き、髪を優しく撫でながら、まるで母のようだ。

「あのね、お姉ちゃん達はさ、本当に泥棒さんしてるんじゃないでしょ。
 きちんと持ち主に返したり、困ってる人を助けたりしてるんだよ。――わかるね?
 だから、花依お姉ちゃんも――本当のところに返してあげなくちゃでしょ」

 泣いた子の背中をぽんぽんと優しく叩き頭を撫でながら、シュリは言う。この里で双助が初めて見る、哀れみ深い、菩薩のようなシュリの姿だった。しかし、その横顔はどこか寂しげだった。
 やはり、シュリも花依が行ってしまうのは――耐えられないのだろう。一緒に育ってきた妹のような存在を遠くにやるのは。生と死の大きな違いがあるとはいえ、その離別への苦しみは信乃達の経験したそれに近いのだろう。
 そして、夜は更けていった。







 出発は、オーレ達が訪ねた日から二日後ということになった。まだあと、一日ある。朝から花依は別れを惜しむ子供達を構ってやったり、身の周りの整理に追われていた。
 それ以外は何の変哲もない、いつも通りの、長閑な里の一日だった。シュリは今日も縁側にいた。
「――なるほど、それで旅を」
「ええ。僕なんかはもう十年もこの旅と言いますか……奇妙な行事に参加していますよ」
 居間の方で舜とオーレは茶を飲みつつ話している。オーレは自分達の旅の理由――陽姫と玉梓の因縁の物語を思い出すように語っていた。途中から花火も話に加わり、その内容は旅の思い出や苦悩など、多岐に渡っていった。
「どうですかね。黒い珠に、黒いあざ……何か心当たりは?」
「いやあ……そう言われても、なかなかすぐには出てきませんね」
 すいません、と舜は首を掻く。いやいやとオーレは微笑み話題は次第に里の自然、天候、花依のことなど当たり障りもないものに逸れていった。
「で、おれ達はその陽姫を……」
 同じことを、まさに双助はシュリに説明していたが、シュリはまるで聞いていないようだった。らしくなく、口を少し開けてぼうっとしている。花依を見ているのだろう。
 花依は里の少年達からどうも、花依への想いを告白されているようだが、花依は弱弱しくかぶりを振った。それから逃げるように、信乃のもとへと行くのだった。何事もなかったように信乃と戯れていた子供達と共に、彼とふれあう。それは自然なものだった。何の計画も計算もない、真に純粋なものに、シュリも双助も思えた。信乃は、花依が里見家の姫であることが加わったことで、ますます態度をぎこちなくしていた。
 シュリは座ったまま、頭を抱えた。そして膝に顔をうずめてしまう。
「シュリさん……」
 双助はそれきり黙った。シュリに、あざのことを確認したくても、とても訊けるような雰囲気ではなかった。



    5    
プリパレトップへ
小説トップへ

inserted by FC2 system