「おれも」
少し間を置いて、また、おれも、と言う。言いにくいのか、彼は目を伏せた。
「さよならなんて、言いたくなかった。
ばかだよね、もうお前は……本当に死んでるのに。でも花火から聞いても――信じられなかったんだ。
現実だから信じようって、してたけど、思い込んでだけど――
心のどこかで、また、逢いたいって、思ってた。
――逢えるって、信じてた」
きっと信乃は視線を上げる。彼もまた、涙を流している。
「出発の前の日に、お前を連れていけばって、何度も後悔した。
お前と、一晩だけでも一緒にいておけばよかったって、期待なんかさせるんじゃ、なかった、って――」
「信乃さま」
花依が信乃の頬に触れた。確かに触れた。涙が彼女の指先を暖かく、濡らしたようだ。
「私は――最期がどうであれ、私は、信乃さまの妻として死んでいけたと、思ってる。
それが私を幸せにしてくれる」
「花依……。
そうだよ、お前はおれの、大事な奥さんだよ。おれは……」
「だけどね、信乃さま」
シュリが、花依の微笑を捉えた。
「私のことが申し訳なくて、自分の心を、素直な感情を抑えたり、消したりするなんて――
もう、誰も好きにならないなんて、そんな寂しいことは、決してしないで」
「な、――なんでそんな、こと……」
信乃は顔を伏せ、にぎり拳をつくる。動揺しているのだろうか。シュリはもう少し身を乗り出す。
「今、ここにいる花依さんは、きっと、きっと――」
次の瞬間、シュリは目を丸くし、身を乗り出すどころか花依のもとへ駆け出さねばならなかった。
花依は突然、ばたりとあお向けに倒れ、少々頭を打ったのだ。
「はないっ!」
「――は、花依さん!」
信乃が少し遅れ、叫ぶ。
「信乃さん、花依さん!」
起きていたのか、双助も後ろから叫ぶ。冴え冴えとした月の光が四人を照らした。
花依は何度呼びかけても、その時目を覚ますことはなかった。