君に逢えたら



 シュリはばちりと目を覚ました。そのわりに大儀そうにむくりと上体を起こす。空は少し白んでいる。暁の光景が、顔を向けたら見えた。彼女はすぐに寝床から出て身支度を済ませた。考えていることは、招かれざる二人の客についてである。
 花依の願いだったからとはいえ、タダ飯を食わせてそのまま帰すすもりなど毛頭なかった。みっちり働かせてやる、と意気込んで部屋を出る。特にその念は、花依が少しばかり思いを寄せているらしい信乃ではなく、もう一人の男、双助に向けられていた。シュリの頭に思い浮かぶのはへらへら笑って、ただ素直に頷くしかない、どことなく情けない彼だった為、妙に腹がたった。自然と足は速くなる。
「えーと、あいつらの部屋って、どっち側だったかしら……ん?」
 シュリの鼻が何かしらの匂いに反応し、ひくつく。厨房の方からそれは漂っているらしい。まだ起きるにはだいぶ早い頃だというのにとシュリはそちらに行き先を変える。もしかしたら花依が、朝食も少し気を遣おうとしているのだろうか。しかしシュリの眼に映った人物は花依でも、女でもなかった。
「あ、おはようございます、シュリさん」
 すがすがしい、朝に似つかわしい調子の声を発したのは、こき使おうとしていた双助その人だった。
「な、な、なんであんたここにいるのよ!」
「ああ、お手伝いしようと思いまして。一宿一飯の恩義がありますもん」
 至極真っ当なことを言われたので、それを強要しようとしていたシュリは何となくきまりが悪くなり、双助から目を逸らす。
 見たところ、分量や火加減なども的確のようだった。いつもと大体同じ量で、変わらない粗末なものだったがどこか美味しそうだった。朝だから腹が減ってそう思えるのだろうとシュリは早急に結論付けると、双助に味見してくださいと小皿を渡された。盛られた汁をみてシュリは唾をのみ、味を確かめる。
「いつもと同じなんだけど……なんか、おいしい」
「でっしょう? 旅の途中で手に入れたダシを使ったんですよ、隠し味程度にですけどね。
 信乃さんと二人きりで味を独占するのもどうかと思いますし、みなさん気に入ってくれますかね?」
「多分――でもあんたどうしてこんな正確に、あたしたちのいつも通りに」
「他の人達に訊いたんです。出来る限りみなさんの舌に馴染んだ味を乱したくはないですから」
 気がきくな、とシュリは意外に思った。ますます自分が悪人に思えてきたので不機嫌そうに眉を曲げ、下唇を噛んだ。小皿を置き何も言わずに出ていった。双助が何か言ったようだが気にしない。気にする義理がない。


 外に出た。空は微かに桃色に染まりやがて太陽が起きだしてくる、そんな時分の空だった。もうすぐ冬が始まる。いや、もう始まっているのだろう。
 メェ、という山羊の鳴き声、コケッという鶏の鳴き声が相次いでシュリの鼓膜を、寒さとともに震わせる。
 まあ朝だから動物は鳴く。少し相手でもしてやろうとシュリは動物小屋の方へ足を進めると、そこには信乃と花依がいた。驚いて、慌てて足を止めた。
「はっ、花依!」
「あらシュリ、おはよう」
 いつもと変わらない調子でそう言われたのでシュリは思わず言葉に詰まる。
「おはようございますシュリさん」
 信乃が丁寧に頭を下げた。どうも二人は動物のエサやりや水汲みをしていたようで、信乃がエサ袋を持っていた。二人はシュリを無視して何か話している。きっと他愛もない会話だったのだろうがシュリは無性に腹が立った。
「はないっ! 何よ何よ、二人してこそこそとしちゃって!」
 それを聞いて花依はむっと唇を尖らせ、眉を顰めた。
「信乃さまのお手伝いしたかったの、そんな風に言うことないじゃない」
「ごめんシュリさん、俺に何か手伝えることはないかと思って、勝手にしちゃったんだ」
 信乃は頭を下げる。花依のしぐさも信乃の謝罪も、特にシュリが欲していたものではなかった。ただ無性に腹が立っただけなのだ。
 そして花依が信乃に謝る。頭を下げる彼女を見て、シュリは何も言わずその場を去っていく。その後すぐに花依は顔を赤らめてまた何か他愛もないことを喋っているのだろうか。そう考えてシュリは家屋に戻った。




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