「花依さまのこと考えてるんでしょう」


 双助は言い当てた。ただ優しげに彼は言ったのだろうに、信乃は脅かされたように驚き、がばと起き上がる。彼は一振りの刀をぎゅっと抱きしめていた。
「あ、あのさ、別に花依のことだけじゃなくってさ」
 頭を掻きながら信乃は一息つき、こう続ける。その一連の動作だけで双助には図星と知れているだろう。
「その、花火に会えたのは、おれ達自身が乗っかってる運命も何も知らない頃で、あっという間に、平和な時なんて終わっちゃって、与一に会ったのもオーレさんに会ったのも、結構すんなりいってたなあって、でも……」
 スピカに会ったのは結構遅かったけどと間を置く。
「なんで――黒の姫が見つからないんだろうって、思ってさ」
「かなり経ってますもんねえ」



 夏の終わりか秋の始めという頃に、二人は里見の領地・安房からこの華北という国に旅立った。
 和秦と華北はさほど離れていない。姫を見つけたらすぐに戻ってこれる。
 というのに――季節はもう冬に入っていて、しかも肝心の黒の姫はまったく見当たらないという状況は、空しさを通り越して笑うしかなかった。



「ここ、治安も悪くて物騒だし」
「用人棒だとか警備だとか、いろいろやりましたね、仕事」
 つい最近までねと二人で頷き合う。
「何の当てもないままこんな奥地に入っちゃうしさ。運無いのかな……」
 信乃は再び体を横にした。二人が野宿しているのは、ほとんど人が入ったことの無さそうな山の中だった。山の中で何にも守られず無防備に寝ている。二人の持つ、陽姫ゆかりの珠のお陰か、何とか獣から襲われないでいるものの、さすがに信乃の感じる闇の恐ろしさは簡単に無くなるものではない。
 信乃は一振りの刀を、双助は二振りの刀を傍に置き体を休めている。
「大丈夫ですよ信乃さん。何とかなります」
 双助はそう言うが、信乃は眉を困ったように曲げる。
「双助が言うと、真剣味に欠ける」
 信乃には彼の声が楽観主義からくるような気楽さがあるように聞こえてならなかった。
「真面目ですよ、これでも」
 ふふと笑い、微かな声を双助は漏らす。



「時間は、もうたっぷりかけられたんですからね」



 この夜の世界に、双助はどこか含みのある、しかし凛とした声でそう結んだ。
 陽姫が姿を消して三十年――十分すぎる時をかけて、確かに運命の輪は廻り出した。
 沢山の血と涙を懸け八人は集まり、結束を強めたのだ。



「黒の姫はきっと恥ずかしがり屋なんですよ」
「またそんなこと言ってさ」
「さ、もう寝てください。おれが寝れません」
「まったく、その扱いはよしてよね……」








 すう、とやがて安らかな信乃の寝息が聞こえてきた。
 双助はふっと微笑した。彼も寝ようと一つ寝返りをうつが、目を閉じる前に頭上に輝く二つ星を眺めた。
 その二つ星は自分と信乃に見えた気がしたし、自分ともう一人の自分――双子の兄であったが、生まれてすぐに亡くなってしまった――のような気もした。
 まだ見ぬ黒の姫はどんな星に例えられるだろう、としばらく星を眺め、双助はようやく眠りについた。





 2
黒の章第一話に続く
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