亮くんは私がどうにかする。
 喜備は三国駅のホームに座りながら、この前の言葉を何度も聞き直していた。
 いつの間にか期末テスト――高校最後のテストが始まってしまった。テストの存在に気付いたのは遊園地のあの日で、その数日後がテスト初日だったので当然焦って勉強した。合格が決まった以上、今更最後のテスト如きで慌てる必要もなかったが、だからといって何もせずにはいられなかった。
 亮のことを考えるには、何かをしながらでちょうどよかった。亮のことだけに専念していると、頭が重くなってきて、眠りたくなる。
 だから勉強の途中、教科書を読んでいる途中、解答している途中、何度も喜備は止まった。そして、今と同じように自分の言葉を繰り返す。
「――とは言っても……どうしよう」
 自信満々で言ったはいいものの、喜備はどう動けばいいかわかっていなかった。でも、その場ではそう言わなければならなかった。喜備が、亮の友達である以上それは絶対なのだ。
 幹飛は今日の帰り道、この喜備の様子を見て、大丈夫だと笑った。
「だってさ、喜備と亮は友達なんでしょ? ちょっと亮が気難しいだけ、うんそう、きっとそんだけ」
 そうなんだろう、と思う。きっとまた何日か経ったら、白い手紙が舞い込んでくる。だけど、喜備はその希望的観測を疑問に思う。あの日の亮の拒絶がそうさせる。
 何がいけなかった? 喜備が、美羽と幹飛といたから? 仲の良さを見せつけたから?彼には――喜備達以外友達がいないから。
 電車はまだ来なかった。喜備は考えるのをやめようと首を振る。
(……そういえば亮くんは、何で三国駅にいたのかな?)
 素朴な疑問だった。家は小学校の位置から推測するに、電車を使う程離れたところにあるわけでもなさそうだ。ただ単純に、どこかに行きたかったのだろう。そして喜備と出逢った。つい先日のことなのに、随分前のように思えた。
 この出逢いは、偶然だろうか? 必然だろうか?
 必然だったのならば――喜備はこれからどう動けばいいのだろう。
 しばらく、自分の呼吸の音だけが場を流れた。空と同じようにホームは寂しく霞んでいて、つまりは静かだった。だから、喜備はその声をよく聞くことができた。
 ヤッパリ出逢ワナケレバヨカッタ?
「!」
 周りを伺うが、人々は無言だった。本を読んでいたり音楽を聴いていたり携帯をいじっていたり様々だったが、静かであることが共通している。よく透ったその声が潜む隙もない。
 何より――その声は、喜備の声だったから。
 ソウデショ?
 喜備は、震えて首を振る。
 何デコンナヤッカイナコトニッテ思ッテルノ、知ッテイルノヨ。
 声の発信地がわかる。わかったが、認めたくない。
 その否定的な言葉は、他の誰でもない喜備の体内から、心から、確かに聞こえてくるのだから。
 ヤッパリ――
 友達ナンテメンドクサイ。
 何度首を振っても無くならないから、喜備はホームを飛び出した。駅を出て、走る、走る、どこかに、走る。そんな言葉、知らない。聞きたくない。とにかく振り切ろうとするが、声は次第に大きくなってくる。
 気ヲ遣ワナキャイケナイシ、本心ナンテ言エナイシ、互イニ騙シ合ッテ、イツ傷付クカッテビクビクシテ、バッカミタイ。
 違う! 涙がたちまち下瞼を膨らませていく。別の喜備の声は、喜備を体内からずたずたに切り刻んでいく。走っていてもひりひりと痛む。喉も、嗚咽寸前と疾走による息切れとでぼろぼろになっていく。
 全部、本当ノコトジャナイ?
「うるさい! 違う! 違うっ!」
 全てが弾けた気がした。声は――不思議とそこで止まってしまった。救われた、と大きく息をつき、激しく咳き込んだ。最近、咳き込んでばっかりだ、とうんざりしながら頭をあげると、そこは小学校だった。
 三国第二小学校だ。

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