閑静な住宅街に柳井家はある。喜備とその両親という、典型的な核家族がいかにも住んでいそうな家のベルを鳴らせば、小柄な中年女性がにこやかな顔で現れる。喜備の母親だ。その顔は少々驚きを帯びた顔になる。
「あら、美羽ちゃん幹飛ちゃんいらっしゃい」
「御無沙汰してます」
「? 喜備は一緒じゃないの?」
 家に喜備がいるものと思ってきた二人は顔を見合わせる。具合が悪いのかと心配した吉備の母親も見たところ何の異常もない。父親の車がないが、おそらく無事に仕事に出ているに違いない。少し日差しが差し込んだ柳井家の周りは、牧歌的なものを感じさせ、何も問題など無いように錯覚してしまう。
「その……喜備についてちょっと訊きたいことが」
 美羽はそれとなく喜備の異変を探る。母はそうね、と首を傾げること僅かニ、三秒でそうそうとやけに明るい声を上げた。
「ちょっと前にあの子宛てに差出人名のない手紙が入ってたの! 白い手紙」
「……手紙? ですか?」
「そうそう、ただ宛名面に『喜備へ』って書かれてるのよ。あ、別に剃刀とか動物の死骸とか、そんな変なものが入ってるような質感じゃなかったわ、小さいし――あれはもう、ラブレターねきっと。ああ、喜備ったらちっとも相談してくれなくて! お母さんつまんないわ。喜備もそんな年になったのね……」
「らぶれたあ?」
「幹飛!」
 つい身を乗り出してしまった幹飛はごめんと引っ込んだ。
恋に奥手――というか万事に奥手そうな喜備にラブレターはそぐわない。相手から喜備にアプローチをとっているのは解るがそれでも、二人には意外だった。母の、ラブレターだと信じきってうきうきしている様に少々面食らう。
 謎の手紙という情報を宙ぶらりんにして、二人は柳井家を後にした。
「もし本当にラブレターだったら……自分の名前くらい書きなさいよ! ったく!」
「……脅迫状、かもしれない」
 前を行く幹飛はぴたりと止まり、どういうことよと猛烈な勢いで振り返った。
「手紙の中に凶器が入っていなかったにしろ、喜備があんな風になっているということは何かしらのメッセージが入っていた可能性がある。ううん、それしか考えられない。そしてそれは家族にも相談できないものなの。――ラブレターの線、否定はしない。だけどそれだったら素直に私達に打ち明けられる――はずだし」
 そこで美羽は何故か視線を落とした。
「もう一つの線は――」
「脅迫とか、強請り!」
「そういうこと」
「っ! 何が何でも聞き出さなきゃじゃない! 喜備に手ぇ出すなんて……あたしが滅多打ちにしてやるっ! きっちり落とし前付けてから、美羽のお父さん達の出番!」
 美羽の父は弁護士で、美羽もその道を辿るべく法学部への入学が決まっている。法曹界に縁があると何かと心強い。
「早く、喜備を探さないと!」
 だらしなく下げていた鞄を、幹飛はしっかりと持ち直した。
「喜備のいる、心当たりは――」
「知らないけど、あーっ、じれったい! 学校近辺から探そう! 行くわよ!」
 早く! と幹飛は猛スピードで駅まで向かう。美羽もそのスピードに負けられなかった。至極冷静な判断と表情で状況判断をしたが、喜備に対して、実際はかなりの不安を彼女は感じている。幹飛はその身の切れる不安な想いを外に放出することが上手く、美羽はどちらかというと苦手で、そして喜備は――どうなのだろう、おろおろしているだけか?
 そんなことを考えながら――美羽はもう幹飛と同じ速度で学校へ向かっていた。

1 
みくあいトップ
novel top

inserted by FC2 system