のびやかにチャイムが鳴り、授業の終了が告げられると、バタバタと教室内は急に騒がしくなる。
「はーあっ終わった終わった」
 高校最後の期末テストを迎える為だけにある残り少ない授業は、プロ野球で言うところの、優勝チームが決まった後に行われる消化試合に過ぎない。人によってはつまらないものだ。幹飛にとってもそうだったらしく、しなやかな体をうんと伸ばしていた。
「きーびっ、ご飯、街まで食べにい……」
「あ、ごめん幹飛」
 見ると、いつものんびりしている喜備は教室内の喧騒を表したようにバタバタと帰宅の準備をしている。幹飛はきょとんとして喜備の童顔を見つめた。
「ちょっと予定があるの、ごめん、また誘って!」
 そう言い終わるやいなや、十分にさよならも言わず喜備は教室内を飛び出していった。教室の真ん中辺り、空しく手を中空に持ち上げて途方に暮れている幹飛と、やっと席を立った美羽が残された。
「まただ」
 んもう、と幹飛は荒々しい鼻息と共に腹の底からの鬱憤を吐き出したようだった。
「はいはい、落ち着きなさい」
 そこで宥めるのは美羽である。よしよしと頭を撫でてやり、軽く抱きしめる。幹飛は特に嫌がるそぶりも見せずなされるままであるが、顔から不機嫌の相は全く落ちていない。何事にも動じずにいて、いつも三人のまとめ役の美羽も若干歪んだ表情でいる。
「でも、だってさあ」
「あの子の表情、この前もその前も、そのまた前もあんな感じだった」
「表情……」
 幹飛は思い出す。きょとんとしながら見つめていたが、喜備の顔には、困惑の要素がちらついていたことは確かに解ることだった。問い詰めようにも喜備はすぐ幹飛から去って行ってしまった。
 このような事例は今日に限ったことではない。ここ数日、喜備はわき目も振らず下校する。そしてそのどれも、戸惑いの表情を浮かべているのである。
「お家で、何かあったのかもしれないわね」
「喜備の、お父さんとお母さんに?」
「あるいは。……あの子、何かあってもあんまり喋ろうとしないし、自分で何とかしようとするし。勿論、それは悪いことじゃないけど」
 何かあったのかと訊きたいが、た易く訊けるような軽い事情ではなさそうなのは、喜備の表情からも明らかだ。なるべく自然に接しようと、二人は電話をかけたり、翌日その話題を振ったりしないでおこうと暗黙の了解で決まっていた。
 だが友達として、頼られたいという想いは二人に共通することだ。何も出来なくても、話だけは聞ける。それ以上に何か出来ることはないかと、喜備に対しやきもきするのは、二人が彼女のことを大切に思っている証拠だ。
「アポなしで家に行ってみよっか」
「そうしましょ」
 そして二人は、三国駅へと向かう。

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