喜備が席を立って、黄桜と何やら話している時も亮は彼女に目を向けていた。見送りをしていきますと春龍が席を離れたが、彼は亮の視界がどうあるのか、わかっていただろうか。いや、わかっていたからと言って何なのだと、つまらない嫉妬をねじ伏せる。
「強力すぎるライバルよねえ」
 そうした矢先に、亮の状況を読んだのかそうでないのか――いや、きっと前者である――美羽がやけに物憂げに言うものだから、自制が間に合わなくてつい反応してしまった。きっと彼女の方向に振り返る。
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!」
「あら私は、何のライバルかは言ってないんだけど。ま、賢い亮のことだからきっと行間を読んでくれると思ったわ」
 涼しく笑う美羽の顔をこれほどまで憎く思ったことも無いだろう。幹飛と希威馬は包み隠さず笑った。
「ま、確かに喜備に今のところ恋愛脳は無いみたいだけどさ」
「は? 恋愛脳?」
「スイッチみたいなもんよ。でもそれは、あくまで今の所の話よー」
 内緒話を持ちかけるように幹飛は顔を寄せた。
「だって、喜備なんかさあ、そういう風に吹かれればいとも簡単にそっちの方向に倒れそうじゃない? 今までそういう話 聞かなかっただけに、余計にね。春龍先輩結構かっこいいしさ、優しいし大人だし、こんなこともあったわけだし? 惚れるべき要素はたんまり揃ってんのよお」
 伸ばした語尾が気色悪い。どうする亮? と寄せてくる目もわけのわからない焦燥感を募らせてくるばかりだ。
「確かにいい雰囲気だもんなあの二人。もうそのまま付き合っちゃえばいいのに。身長差もあるし、学内の名カップルになりそうだよなー」
「身長差。いいわね憧れる」
「美羽は背高いもんねえ」
 初対面だったが、大分打ち解けた希威馬は思った通り遠慮がなかった。お茶菓子を楽しむのにも他の人達に気を遣うことなくどんどん食べてしまったくらいだ。彼と対峙するのはあまりにも馬鹿馬鹿しいので言葉が出てこない。ただ心中で密かに地団駄を踏むくらいだが、それでも顔に表れるらしい。
「じゃ、じゃあお前らは二人が付き合ってもいいのかよ」
 矛先が向くとは思わなかったのか、美羽と幹飛は顔を合わせ、うーんと軽く唸る。
「難しいところね」
「私達まだまだ遊び足りないし、当分ははんたーい」
 だってまだ友達になって三年しか経ってないもんと二人は笑い合った。俺なんか三ヶ月も経ってない、とのほほんと希威馬は言う。そんなことを言ったら、亮だってまだ半年も経ってない。まだまだ、喜備と友達でいて、わからないことや不安なことがあったら一緒に支えていけるような存在でいたい。つまりは、一緒にいる時間が多ければそれでいい。そうでありたい。
「大体さあ、喜備以外に好きな人とか、脈がありそうな人いないのかいー亮君?」
「う、何だよ幹飛その口調。気持ち悪い。寄りつくなよ」
 亮とて、思い当たらないわけではなかった。喜備のことも確かに好きだが、似たような気持ちを抱く存在もいる。いや、それよりももっと遙かに明確に、その想いを燃やす存在が。

 年も近いのに聡明で頭の回転が速く、話も合う、明るく表情が豊かで、そして何より、亮を本当に好いている、はっきりとした少女の存在を、亮は知っていた。
 そして、亮自身も彼女のことを――悪く思っていないと、はっきり理解していた。

 彼女の傍にいられるのは、自分だけだと。

「あ、まさかさっきの話に出てきた女装してる子か?」
「んなわけねーだろバカウマ! いや重複してるからただの馬鹿!」
「そうかそうかそっちの方面なわけね……」
「少年同士の同性愛? 昔の少女漫画みたいだけど、いやあお姉さんそっちの趣味は無いわあ……」
「悪乗りすんな! 女だよ年上だよ一つ上だよ文句あっか!」
 つい、口が滑ってしまった。そんなことが飛び出したのは、少女と喜備の共通項は、年上であるということをぼんやり思っていたからだ。からかえるおもちゃが増えた、と少年少女の心を持つ大人たちは亮に見せつけるようににんまりと笑った。
「ははー亮ってまだ子供なのに見る目あんなあ年上タイプかあ!」
「喜備の方が好き? その子の方が好き? デートとかしたことあるの? ねえねえ」
「これ後で喜備に教えたら面白いわね、ふふ。小学生同士の恋愛って可愛らしい」
 ああもう、と頭を抱える。完全に大人達のペースに持っていかれてしまった。このままでは水を失った魚のように生気を失くしながら鬱々と過ごさなければいけないだろう。俺ももう帰ろうか、そう思った時肩に手が載る。春龍だ。心配していると一目でわかる表情で亮を見ている。
「どうしました亮君? 顔色が悪いですよ。少し外の空気を吸いに行かれますか?」
「春龍……」
 思わず涙が潤んでしまう。俺の味方はお前と黄桜さんだけだと亮はしがみついた。先程まで子供らしい嫉妬を抱いていた相手に縋ってしまうとは、なるほど人生とは皮肉で溢れていて、世知辛いがなかなか面白い。春龍は盛り上がっている三人と亮を見交わしても状況がつかめないでいるようだった。黄桜はうっすら微笑を浮かべて食器を片づけていた。


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