カレンダーを四月から五月に変えたのがつい最近のようだが、気がつけばもう折り返し地点近くだった。
 喜備は講義棟から出て、どこか初夏の香りのする爽やかな日差しを浴びた。少し暑いと感じてしまうのも、そんな時の流れの速さをしみじみと思った所為だろうか。

 喜備、美羽、幹飛の仲良し三人組が大学生になって、一月あまりが過ぎた。一年生に押し寄せる様々なオリエンテーションやガイダンスもようやくなりを潜めてきた。やっと授業や講義に身が入り、一年生誰しもが初々しい大学生らしさというものを身に纏うように、あるいは鼻にかけるようになってきている。
 喜備も何となく、大学一年生であるという実感を得るようになってきた。とは言うものの、慣れ始めというものはことくすぐったく、恥ずかしいものだ。家の近所の人達に挨拶する度、まだ大学入学を祝われたりちやほやされたりする為だろうか。
 などと、頭の端で何となく思いながら喜備は携帯電話の画面を見て少し眉を反らした。

「んー、時間が中途半端に余っちゃったうえに、ひとりかあ……」

 思わず独り言を呟いてしまうが、周りにはあまり人がいない。今は三限目の講義中で、喜備も本来授業があるのだが、教授の都合で授業終了が大分早まったのである。休講にしないだけこの教授はなかなか真面目な先生だなあと喜備は純粋に感心してしまうが、そんなわけで手持無沙汰な状態で学内に放り出されてしまったのだ。

 三限目が終わったら、美羽と幹飛と、そして――彼女達の愛しい弟分のような、大切な友達である御法亮と、学生食堂でご飯を食べようという約束をしていたのだが、美羽と幹飛は別の授業をそれぞれ受けている。亮に連絡してみると、珍しく――というより本来はそうあるべきなのだが――小学校の方の授業に顔を出していて、暇を持て余している喜備に会うことは無理だ、というメールが来たところなのであった。

「授業中に、携帯、いじっちゃ、だめだよ、と……」

 本文を打ってから、自分が送信したからじゃないか、と気付き、送信ボタンを押さず電話を鞄の中に仕舞った。
 仲のいい友人もまだそんなにおらず、どこにいるかもわからない。さっきの授業は知り合いが一人もいない寂しい授業だったのだ。大学に進学しても美羽と幹飛とは依然仲がいいし、亮も変わらず自分に接してくれている。勿論、学部の友達がいないわけではないが――こうして一人になってみると、随分自分が孤独な存在ではないかと錯覚してしまいそうだった。

 ふわりと風が吹いて、喜備のフレアスカートと栗色の髪を揺らす。木漏れ日が揺れて、喜備の影も揺れた。誰かに何かを、囁かれたような気がする。


 誰でもない、自分自身が、自分の中から。


「駄目」
 声が飛び出す。自分を守ろうとする咄嗟の行動だっただろう。大分語気の強い独り言だった。何かを払う、魔除けのような。
 何か、と言われれば、喜備が思い出すのは、自分の中に眠るもう一人の自分の存在以外に何も無かった。目を伏せてしばらくその存在をぼんやり脳裏に思い描いたが、強く頭を振ってイメージを飛ばした。

「食堂行こっと」

 みんなが揃うまで、本を読むなり授業の復習をするなりして時間を潰せばいいのだ。三国大学の学生食堂には、おやつのためのデザートコーナーもあるし、大学生協で販売されているお菓子を持ち寄って雑談している学生も大勢いるのだ。

 独りでいるから、捕らわれてしまう。

 喜備は学生食堂が入った棟を目指して清らかな日の光の中をぐんぐん進んでいった。


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