クリスマスの夜に



 どうしてキリストっていうのはこの年末に生まれたんだろう。
 考えてもみろよ、大晦日とクリスマスって一週間も離れてない。キリストが二十五日に生まれたことが奇跡なのか、それとも十二月で一年が終わるということが奇跡なのか、いやそんなこと単なる偶然なのか、年末っていうのはとにかくいやに盛り上がる。クリスチャンでもないのに人も街もこれ幸いというように熱気に包まれる。寒いのに。炭酸飲料から生まれた赤と白、クリスマスカラーの赤と緑をここかしこに散ばせ、普段耳も傾けないような歌手のクリスマスソングを流す。ったく、釈迦の誕生日だったらここまで盛り上がらないくせに……いや、年末だからだろう(そもそも釈迦の誕生日って知ってる奴少なさそうだ)残り少ないその年を惜しむように、ただ騒いで印象付けて過ごしていくが、それもまた、虚しいってわかんねえのかな。
「ねーねー、亮くんちのクリスマスってどんなの?」
 で、そんな人生の無常を、まずどう書くのかすら知らない鼻頭の赤い小僧が馴れ馴れしく問いかけてくる。
 こいつはケン・アンダーソン。豊かに伸びた金髪と白い肌、青い瞳から異国の血統であると容易にわかる。女らしくない名前はこいつが女じゃなくて男だからだ。着ている服や髪型から女子に間違われるのがほぼ日常茶飯事だが、そのことについての詳細は割愛しよう。こいつがやりたくてやってるだけなんだし。
 俺とケンはそれぞれランドセルを背負い、ブラブラと道草をくっていた。
「どんなって、たくさんプレゼント貰う」
 乾いた空を見上げる。なんて味気ないクリスマスだろう。
「へっえー! いいないいなーボクもたくさん欲しいなあ! 何くれるかなあ!」
 ケンはまばゆい笑顔を全開にした。そして今年貰えるであろうプレゼントの内容に想いを飛ばしているようで、へらへらと顔をとろけさせた。
 ……プレゼントを貰うだけがクリスマスじゃない。
 ケンはそのことに気付いていない。気付いていないくらい幸せなんだ。そして気付いてはいけない。子供だから。――俺は、いつかも似たようなことを思ってケンを侮っていたことを、その時はすっかり忘れていた。
「あのね、ボクんとこはね、毎年クリスマスにはスティーブ達がくるの」
「親戚か?」
「パパの友達。それでねそれでね、パーティするんだ! 七面鳥とケーキ!」
 ケンの口から出る話はまさしく欧米のクリスマスそのもので、クリスマスがいかにアメリカでは重宝されるイベントかということを十分に納得できるだけ、ケンは熱っぽく語った。
「ボクにとってはサンタさん達だよ」
「ケンはまだサンタ信じてるクチ?」
 小学生低学年でサンタを信じている者は、幼稚なのか、年相応なのか。ケン全体のガキくささからは年相応という感じがする。でもサンタ役の人がいるっていうのがわかっているから、どうなんだろう。
「信じてるよ」
 俺は足を止めた。それは、予想通りの解答だった。けれど声のトーンが落ちていたのは、予想外だ。
「今ここにボクがいるのはある意味サンタさんのプレゼントだと思ってるよ」
 ケンは顔を伏せていた。
 俺は、何も言わないでいた。いや、言えないでいた。

 ケンの過去を、知っているからこそ――

 ごめんと言おうとした瞬間についっとケンは顔を上げる。ケンの顔はまるで仮面が取れたようなさっぱりした顔つきだった。そのことが自然と、俺の唇の動きを止める。
「ねえねえ! しゅんくんのお店でクリスマスパーティやるのってほんとお?」
「えっ? うん、やるって、言ってたじゃん俺、何回か。イブだけどな。
 ……というか春龍の店ではなくて黄桜の店なんだが」
「もちろんボクも行っていいんだよね? ねっ?」
 ケンは、過去には触れるな、と言いたいわけじゃない。
 今、俺や喜備達や、ケンの養父母である浅倉夫婦や、友人達と過ごしていることが、ケンにとっては一番の宝物なのだ。面白くて、何もかもがきらきらしてて、一瞬でも逃したくないことを――逃してはおしまいだということがわかっている。

 だからケンは笑うんだろう。俺には出来ない笑顔で。神々しさを笑窪にのせながら。

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