時は静かに重なりを深め、どこもかしこも秋めいてきた。
 そんなある秋の休日、亮は柳井喜備とデートしていた。デートではなく、喜備が買い物している途中で亮と出会い、それがそのまま三国市の繁華街である大庭をぶらぶらするようになっただけだった。
 乾燥した風が吹く。往来の中で人は大勢歩いていた。隙間を縫うように風は通り過ぎる。冬が既にすぐそこにいることを感じさせる風なのだろうが、人ごみの中そんなに風は冷たくなかった。
 人ごみの中で、亮は一人で歩いているケンを見つけたので、声をかけた。

「あれっ。亮くん」
「お前、何してんだ」

 今日のケンは赤いニット帽がチャームポイントの、一般的な少年の格好をしていた。青いセーター、水色のインナー、そして紺色のジーンズ。ベージュのトートバックに、髪は二つ結びだ。

「なんにも。このあたりあんまり行ったことないから」
「お前なー独りで歩いてちゃ、誘拐されるぞ」
「亮くん……もしかしてこの子って」

 幼い二人をやや上から見下ろして喜備は訊いた。
「うん。うわさのケンだよ」
 可愛い、と喜備はやや甲高い声で言い、すぐに笑顔を浮かべた。
「えへへ。亮くん、このお姉さんは?」
「前話さなかったっけ。三国大学の学生。俺の友達だよ」
「柳井喜備です。ケンくんよろしくね」
 お互い挨拶を交わすと笑いあう。喜備が自分以外の小学生と話しているのをみるのは初めてなので亮は不思議に感じた。
「亮くん達はなにしにきたの?」
「なんも、ばったり偶然会って……喜備の買い物に付き合ってた」
「何買ったの? きびちゃん」
 まるで親戚の子からのように、ちゃん付けで呼ばれたことが嬉しかったのだろう。喜備は笑顔をより一層深めて買い物袋から少し中身を取り出して見せた。それは毬のような毛糸だった。
「けーと? きびちゃんがあむの?」
「そうだよ、これからうんと寒くなるもの」
 喜備は買い物袋をぎゅうと抱きしめる。その中にはたくさんの毛糸が紡がれる未来を待ち望んでいる。喜備は手芸屋に寄った帰りだった。喜備の特技は編み物、裁縫、ミシンがけと、今の世間には珍しい女性のシンボルとして歴史風俗の中で名高い機織、ならぬ針仕事だった。喜備は高校時代、手芸部所属だった。特に冬にその趣味は発揮され、ニットキャップ、手袋、マフラー、さらには手編みのセーターもどんとこいという腕前だった。生産力はすさまじく、最初は一個だったのが、日が経つにつれどんどん増殖していく。等比数列も真っ青のバイタリティで毛糸の姿を変えていった。

「もう何個作ったの」
「えーと、美羽と幹飛と、春龍先輩と、希威馬くんと、黄桜さんと、お父さんとお母さんと、授業一緒の子と、それから……」
「もういいわかった」
「あ、もちろん亮くんのも作るよ!」
「ふわーきびちゃんすごいね! ボクも欲しいな! あのね、もうすぐ誕生日なの」

 え、と亮はぽろりと漏らす。

「もっと早く言えよ。ならお前の誕生日プレゼントでも買いに行くかな」
「えー! やったやった! わっほーい」

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