操は、耶馬柴家に帰ってきた曹が操の存在に驚かず、笑ったことに驚いた。操の方が目を白黒させる。
「どうして?」
「伊予が知らせてくれた。策士だなあいつは」
昼間のやり取りを思い出し頷くと、けけけ、と曹はますます笑った。
あれ程までに逢いたかった人物にやっと逢えたというのに、何故か俯いてしまう。手を取りたい。熱を感じたい。この前のように、自分を全てあげてしまいたい。――そんなことは、所詮思うだけの欲望に過ぎなかったのだろう。彼に会えば、そんなことは瑣末なことになる。
いや、違う。
曹は操の隣に座る。ほのかな彼の香りと暖かさがたちまち自分を包んだように思われた。
部屋の時計の秒針は、丁寧に音を立てる。操の心臓の音と重なる。音は明らかに、針の方が大きい。操の頭の中でしかし、音の順位は逆転する。操の全身に血液が巡る。血液ではない、何かの感情も巡る。熱が上がる。
曹が操の肩に手を置く。
「操」
操は、逸らしていた目を徐々に、苦しそうに彼に向ける。きっと自分の顔は真っ赤で、恥ずかしい顔をしているに違いない。操の体が震える。だけど、そんなことは気にしていられなかった。
曹の唇の熱を――違う、彼の存在のすべてを、操は待っていたのだから。
操の物欲は封印を解かれ曹を濡らした。何回も曹を自分から求め、汗や唾液やその他の粘液が全身を濡らしても、体力が尽きてきてくたくたになっても、曹の皮膚から体を離すことを決してやめなかった。そんな自分を客観的にみることは出来なかった。曹のことだけを考えた。そして、糸が切れたように突然眠った。曹は彼女の汗ばんだ髪を撫でる。
「お前、やっぱり俺に似ているな」
曹は苦笑するように呟いたが至近距離にいるに関わらず操には聞こえなかったらしい。操は完全に意識が飛んで、夢も見ない世界にいるのだろう。呼吸による微かな身動きだけを続けている。
「……欲しがらないんじゃなかったのか。運がいいからって……」
落ち着いた彼女の寝息が曹の髪を揺らす。頬に手を置けば、彼女のしっとりとした体温がゆるやかに曹の肌を伝っていった。
「ここまで、気絶するくらい、俺を欲しがるなんて、まるで」
俺じゃないか、と呟き、曹も眠った。