あの後静かに抱き合ったままいた二人だったが、どちらからともなく腹の虫を鳴らした。甘美な浪漫に溢れた歓喜天のごとき曹と操はたちまち白けてしまってさっさと離れてしまった。だがそれは消極的なものではない。二人のこれからに向かうために必要な離脱だった。以前の操だったら、いつかこんな風に別れの朝を迎えることだろうとしょげかえっていただろうが、そんな予感はこれっぽっちも頭に浮かばなかった。
 階下に行き、朝食の支度を始めた。ヒミコも伊予も戻ってくる気配は依然として無かった。曹はよしとしても、操にしたらあまり面識がない人の家を自分の家のように動き回るのは何だかひどく不安だった。泥棒でもしているようだ。実際、食料を漁る曹の姿は泥棒そのものに見えた。何でも奪う、欲しがる彼のことだからあるいは名誉かもしれない。
「米とトースト、どっちがいい?」
「お米は炊くの時間かかりますから、トーストで」
「あいよ。ジャムはイチゴとブルーベリーがあるけど」
「イチゴで」
 軽快に返事しぱたぱたとキッチンに行く曹に、今の自分の嬉しそうな顔がばれただろうか、と思う。操は果物の中で――正確にはイチゴは果物ではないが――イチゴが好物だった。だけど、自分の容姿やさばさばした性格を思うにつけ、イチゴが好きだというどこか長閑な、いかにも女の子らしいその属性を自分には不釣り合いだと思っていた。だがしかし、好きなものは好きで、直せるものではない。

 自分が鷹巣曹という厄介な人間を好きになったのと同じように。

 絶対からかわれる、と屈辱的に思いながらも、曹のあの楽しそうな顔を見るのも悪くないと操は自分のことながら呆れた。







 ニュースをつけ、食べ始めようという時に、七時前の占いコーナーが始まった。
「あ、おうし座一位」
 たまたま見たものでも、自分の結果がいいと無条件で嬉しくなるのはどの占いでも同じだろう。
「ん? お前おうし座? 春生まれか」
「はい、四月二十三日」
「だからサオって名前なんだな」
 一人合点した曹に操は首を傾げた。得意げに曹は解説する。
「春の女神だよ。佐保姫。サホ、だけど現代仮名遣いだったらサオだろう?」
「へえ……初めて知りました」
 もっとも両親が既に故人な為、名前の由来が佐保姫にあるかどうかはわからない。もしそうだったらミサオと常に間違えられる「操」なんて名前じゃなく「佐保」にして欲しかった。そして頷いたはいいが肝心の結果の詳細を聴き見逃してしまう。しかし、ニュースの占いなんてそんなに大変な代物でもないと操はトーストを齧る。今日一日のテンションが左右されるといえばそうだろうが、家を出る頃にはもう忘れ、日々の煩雑な事象の中で擦り減りあるいは粉砕されてしまう。

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