その後のある日、操はまた曹のもとへ来ていた。夏物の服を買うという名目もある。どちらかといえば曹のところへ寄るのは操の中では、あくまでついで、であった。しかしその日は占い館側の入り口から繁華街に入ったため、曹とすぐ出会ってしまう。
 惇公がいた場所に今度座っていたのは見た目中学生くらいの少年だった。しかし、操の大学に付属する三国高校の制服を着ている為、高校生のようだ。彼は栗色の、ところどころぴょんぴょんはねた髪をしていて、くりっとした丸い目で、あるものの画面を見つめていた。彼が膝に置いている小型のパソコンだ。曹は自分の髪の毛をいじっている。今回は前回と違い特に会話をしていないようで、別段問題があるようにも見えない。そうしているのがその二人の自然ようだった。彼は曹の友達なのだろうが、他人同士に見えてしまいそうだ。
「こんにちは」
「よお、操」
「えっ」
 惇公との初対面時に操が上げた間抜けな声を今度はその見知らぬ少年が貰っていった。少年はパソコンから目を離し、操をじっと見つめる。その顔はあどけなく、可愛らしい。操の心をくすぐった。思わず可愛い、と操はどきどきしてしまった。
「あなたが操さんですか」
 ぴょこっと立ち上がってぴょこんとおじぎをする。機敏な動作だ。彼は操よりか少し背が低い。男子の中では低い方だろうが、彼には母性本能をくすぐるような可愛さがあるため、操は大丈夫だろう、と何かを思った。
「えっと、そうです。鷲羽操です」
「はじめまして。僕は若谷荀といいます。
 三国高校の一年で、曹さんとは結構長い間お友達してますよ」
 にっこり笑う。目の皺も愛しい。幼い面でも、礼儀正しい面でも、とても高校一年生とは思えなかった。顔は確かに可愛らしいつくりだが、よく見ると目が利発そうな色をしている。目つきもどことなく聡明である。さっきパソコンを見ていた顔も冷静で賢そうな感じがした。
「荀はパソコンやらなんやら、情報技術が得意で、そういう関係は全部こいつ任せだ」
「ふーん。どんなことしてるの」
「株です」
 荀は笑顔をよりにじませた。
「株で稼いでるんです」
「こいつん家は大家族でなー家計が苦しくて」
「はい。十人家族です」
「……確かに多いね」
 苦笑する操は構わず、八人兄弟でーすと荀はにこにこして手で示す。
「曹さんはお金持ちなのに僕にちっともお金を下さらないんで、仕方無く稼ぐ道を見つけました。もうがっぽりです」
 その笑顔がいやにきらきらしていたので、余程稼いだのだろうと操は少し怖くなった。金額は聞かないことにする。可愛い顔してなかなかやる、と冷や汗が出る。後生畏るべしとはこういうことなのだろう。
「これでも大学生だけど株はよくわかんないや……」
「株以外にも荀はいろいろやってるよな」
「はーい。ハッキングとか。クラッキングとか。もういろいろ」
「俺のかわりになー」
「ええ勿論!」
 それは下手したら法に触れるのでは、とひやりと思う。でも頭を嬉しそうに、子犬にするように撫でている曹やまた可愛らしい笑顔の荀を見ていると、まあいいか、と操は思った。
 そう、まあいいかと当然に、間をおかずに思うことが操は今まで当たり前だった。
 操は目の前で、操に起こるいろいろな事をあまりに透明に、当然に、そう見てきてそう思って、不思議なほど自然に無視してきた。けれど最近は間として曹が入ってくる。
 操はそのことをその時はまだ――大したことではないと思っていた。



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