五番目のいぬのおはなし




 むかしむかしのお話です。
 ある村に、一人の若者がおりました。

 ひとりだった若者です。
 お父さんを、目の前で失った若者です。
 若者は、いじわるなおじさんとおばさんのもとで、お父さんの形見の刀をずっと守ってきました。


 若者は、ひとりですか?
 いいえ違います。若者には、大切なきょうだいがおりました。
 血で繋がるのではなく、魂で繋がるきょうだいです。
 彼もひとりでした。でも二人が出逢って、二人はひとりでなくなりました。


 そして若者には、お嫁さんもおりました。
 その子もひとりでした。お父さんに捨てられたかわいそうな子でした。
 若者ときょうだいに出逢って、三人はひとりでなくなりました。



 でも、若者はお嫁さんを捨てました。


 若者はお父さんのいいつけを守りたかったのです。
 形見の刀を、本当の持ち主にお返しする為に、若者はお嫁さんを捨てました。

 実際のところ、若者はお嫁さんのことなんて、ちっとも考えていなかったのです。
 若者は、いつかお父さんの夢を叶えることばかりを考えていたのです。
 若者は、他にも魂で繋がるきょうだい達と出逢うことばかりを考えていたのです。


 そんな風に自分勝手なことばかり考えていたから、いじわるなおじさん達が刀を取り変えたことに気付きません。


 愚かな若者です。
 偽物の刀を王様に渡してしまって、王様の怒りを買いました。
 みんなみんな、若者に剣を向けました。


 仕方ありません。若者は、剣を振るいます。
 誰も殺したくなかったのに、誰も傷つけたくなかったのに。
 それなのにたくさんたくさん傷つけました。


 もう真っ赤です。
 お父さんが目の前で死んだ時のように。
 若者はもう、傷つけたくありません。
 これ以上、誰かを傷つけたくありません。


 でも、若者はひとりです。
 きょうだいとは途中で別れたし、お嫁さんは捨てました。


 ひとりです。
 きっと、どこまでいっても、ひとり。


 だから、若者は誰も来られないところへ登ってしまいました。
 若者は、もういなくなりました。


 そして、若者は戦って死のうと思うのです。
 ええ、きっと、立派に戦って死ぬのです。




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