蒼天を駆ける獅子




 ぶん、と青年は、まるで振り子が激しく揺れ、その球で空気を弾き返すような勢いで以て顔を振り上げた。ややこれは寝てたかと、人より少し量が多くてやや煩わしい髪をくしゃりと掴みながら辺りを見回してみる。
 円座の中央には誰もいない。となると今しがたまで喋っていた者の番は終わったのだ。そして誰も出て来ない上、青年が視線を一身に感じていることから、ここは畢竟自分の出番が回ってきたのだろうと青年は二、三度頷いた。
 喋っていた。喋っていた? そう、誰かが何かを話していたのだ。それにしても何の会だったかねここは、何の話をしてたんだろう。こきこきと首を鳴らしながらつらつら思う青年にはしかし全く見当がつかなかった。円座を組む一同も背格好はぼんやりとした灯りでわかるものの顔ははっきりと浮かんでこない。喋る者はいないから声で判断することも出来ずとなれば青年にはお手上げである。

 別に構いやしねえや、こいつらが誰であろうと。思うに俺はここに長くいたみたいだ。そういうことならこいつらは悪い奴らではないだろう。多分。

 そうあっけらかんに思うなりひょいっと軽い身のこなしで立ち上がり、円座の中央に二歩三歩弾むような足取りで向かった。そしてすっと腰を下ろしあぐらを掻く。漂う沈黙に何か考える素振りを見せつつも、実際何も考えてはおらぬ青年はただ莞爾と微笑んだ。


 仄かな灯りは、語る者しか明らかにしない。
 青年の右頬に、灯り翳るぬばたまの闇に、紅い牡丹の花が咲く。
 微笑みを浮かべたまま、青年は静かに語り始めた。


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