お姫さまのおはなし
むかしむかしのお話です。
ある国に、たいそう可愛らしいお姫さまがおりました。
お姫さまは国の誰からも愛されておりました。
そうです、お父様である王様からも、お母様のお妃さまからも、弟の王子さまからも、家臣からも、飼い犬からだって。
完璧なお姫さまです。誰もに愛され、誰からも尊敬される、笑顔が素敵なお姫さま。
でもね、お姫さまは最初から素敵だったわけじゃないのです。
お姫さまは年をみっつ数える頃になっても、ずうっとずうっと泣いてばかりでした。
笑うことだって、おしゃべりすることだって出来なかったのです。
実際のところ、お姫さまにはおそろしい怨霊がとりついていたのです。だから笑いもせず喋りもせず、泣いてばかりいました。けれども、そのことは誰にもわからなかったのです。
お母さまは大変心配しました。神さまのもとへ何度も何度もお祈りに行きました。
ある日、神さまが現れました。そしてとても不思議な珠をくれました。
この珠のおかげで、お姫さまからおそろしい怨霊は逃げていきました。
そしてお姫さまはすくすくと成長し、誰からも愛され、尊敬される素敵なお姫さまになったということです。
ある秋のことです。
隣の悪い国に攻められて、お姫さまの国はもうぼろぼろの状態になってしまいました。
みんな諦めていました。みんなお城の中で、もう死のうと思っていました。
その時です。王様は、飼い犬に言いました。
敵の大将の首をとってきてくれたら、お姫さまをお前のお嫁さんにしてあげよう。
すると、どうでしょう。
犬は、見事敵の首をとってきたのです。
すごいです。立派です。犬なのに、城中の誰もがこの子に敵いません。
ですが、約束がありました。
そうです。お姫さまは、この犬のお嫁さんにならなくてはいけません。
王様は、いやだと言いました。
でも、おかしいです。約束は約束です。きちんと守らないといけません。
お姫さまは、いつでも正しくある王様のことが大好きだったから、ちゃんと守ってほしいと思っていたのです。
だから、だから。
お姫さまは、飼い犬のお嫁さんになりました。
しょうがないことです。お姫さまは呪いをかけられていたのです。
しょうがないことです。犬にはあの、かつてお姫さまについていたおそろしい怨霊がとりついていたのです。
しょうがないことです。王様はお姫さまを捨ててしまったのです。
お姫さまは王様に、捨てられたのです。
ひょっとすると、お姫さまも王様を、捨ててしまったのかもしれません。
お姫さまと犬は山の中でひっそりと暮らしました。
犬はお姫さまの読むありがたいお経のおかげで、おそろしい怨霊からどんどん抜け出せていけました。
ひとりと一匹。人間と犬。
静かに静かに、お姫さまと犬はいつまでも暮らし続けて、やがて死んで、極楽へ向かう。
犬がお姫さまをうつくしい世界へと導いてくれる。
そう思われました。
けれども、ついに、お姫さまに赤ちゃんが出来てしまいました。
どうして? どうして? 何にもしていないのに、どうして?
お姫さまは泣きました。恥ずかしくて、泣いてしまいました。
だから、お姫さまは死んでしまうことにしました。
お腹を刀でざくりと刺すことにしました。
このお腹の中には、犬の子供なんていないと、みんなに知ってもらうために。
お姫さまのお腹の中には、何にもありませんでした。
ほっとして、お姫さまは死んでしまいました。
お姫さまは犬と一緒に死にました。呪いも怨霊も、なくなりました。
お姫さまは、もういなくなりました。
こうして、お姫さまも犬も怨霊もいなくなった国は、元通り平和になりました。
ええ、きっと、平和になったのです。