世界中の恋人達
そのすべての時間よりも
幸せだった 輝いていた
愛していた 命まで
きみはぼくのドア 真実のドア
ただひとつの世界への
○
今、私の周りには、大切な仲間達がいる。
今、私の隣には、愛する人がいる。
悲哀と煩悶、戦いと苦悩の日々は去り、橙色に輝き生を謳歌する幸福の毎日が続いていく。
でも、けれども。
あなたがいない。
あなただけがいない。
私が殺してしまった。私が見殺しにしてしまった。
新しい愛に許しを得ても、安らぎを得ていても、あなたがその胸を突いた日が近づけば、想わずにいられない。
いいえ、きっと。
今でも想い続ける。ずっとずっと想い続けている。
誰よりも近しかったあなたを。
二人で一つのようだった私達を。
きっと世界中のどんな恋人達よりも、輝いていた私達を。
それなのに。
私が、壊した。
壊してしまった。
だからあなたも。
あなたも、恨めばいい。
私を呪えばいい。怯えるだけであなたを助けることもせず、突き放した情の無い私を。
弱い私を。
最後には私を殺してしまえばいい。
あなたになら、この命を差し出しても構わない。
そうする権利が、あなたにはあるのだから。
今、私の周りの大切な人々も、きっとわかってくれるから。
それなのに。
ああ、それなのに。
幻視するあなたは、夢の道にいるあなたは、深く悲しんだように眉を顰めてから、そして慈悲深く微笑する。
そんなこと言わないでと、泣きそうな顔で、やはり微笑する。
一つ、私の額に口づけを落として、そして光となって消えてしまう。
私の中へ、溶けるように。
あなたが胎内に宿していた珠を通して、聞こえてくるような気がした。伝わるような気がした。
私の中のあなたの声が。
私の中のあなたの鼓動が。
そうだ。
私はあなたに生かされた。
あなたが命をかけて、臆病な私の為に、新しい世界への扉を開いてくれた。
あなたそのものが扉となり、閉ざされた闇の世界に光を満たしてくれた。
あなたが私の、光であったから。
だから、今私は、あなたを生きているのでしょう。
私の中に、あなたがいるのでしょう。
この世界の全てに、あなたがいるのでしょう。
目前に現れるあなたは、少女のように微笑んで、けれどもまるで母のように私を抱きしめる。
私も、抱きしめ返す。
私の中にある、確かに続く愛を伝える為に。
ありがとうと、全身で伝えたいが為に。
ありがとう。私を今も愛してくれて。
ありがとう。私に大切なものを与えてくれて。
終わりの時が来て、全てが幻と消えようとも。たとえ輪廻が果てようとも、全てが忘れ去られようとも。
私はあなたと、あなたがくれたこの世界の大切なもの全てを愛し続けます。
この身に灯る、とこしえの愛の如く。
引用
谷山浩子「Door」 『僕は鳥じゃない』収録